Celluloid Summer
†††
『何でもない、という声には聞こえませんが。』
「鋭いね。」
『兄さんがわかりやすいんですよ。』
厳しいとも取れる凪遊音の言葉は、先程より声が優しい。
凪遊音は奏が死んだ時、まだ四つだった。
しきりに『おねえたんは?』と尋ねた。
咲遊音は海外に行ったのだと言い聞かせたが、今にして思う。
凪遊音は奏が死んだことを他の人から聞いただろう。
その時、どんな気持ちだったんだろう。
彼女が生きているように振る舞う兄の姿は、どれ程の絶望を与えたのだろう。
「…ごめんな…」
『…兄さん…いつも思うのですが、貴方にわかっていても、いきなり謝られる僕には脈絡がなさすぎて理解できないですよ?』
困っている声音。
それを可愛いなあ、と思うくらいの余裕は咲遊音にも残っている。
「うん。ごめん。あのさ…聞いて欲しいことが、あって…ね?」
咲遊音はゆっくりと話した。順を追って、話すことで自分の気持ちを整理するように。
奏の事故とその死を思い出したこと。
好きな人が出来たこと。
その人が、奏を死なせたこと。
そして、今、その人が苦しんでいること。
相槌を打ちながら聞いている凪遊音は、その重みに何度か溜め息を吐きながら咲遊音の言葉に耳を傾けた。
「もう、どうしていいか判らなくなってさ…」
話し終えて一息吐くと、咲遊音は空を見上げる。
瞬く星がまた滲んだ。
『…兄さんはどうしたいんですか?』
「…判ってれば苦労しないよ〜。」
咲遊音が弟に解決を求めたことは、一度もない。
ただ聞いて欲しいだけで。
それだけで、咲遊音は兄として頑張らねばと思うことが出来る。
「ごめんな…。なあも聞いて困るだろ?」
『…別に困りませんよ。所詮、他人事ですし?』
「非道っ!」
『「大体、兄さんは一人で何でも抱え込みすぎだから、聞き役がいて丁度いいんですよ。」』
電話の向こうから聞こえる声と、背後から聞こえた肉声。
慌てて振り向いた咲遊音に、凪遊音が携帯を閉じる。
「なあ…」
「…近くに、用事があったので。」
ベタな言い訳をしながら、咲遊音にくっつく。
頭一つ分低い凪遊音の、温かい体温が咲遊音を抱き締めた。
「…もう、泣いていいですよ?」
小さな弟は兄の頬に触れて涙を拭うと、その同じ髪質を撫でた。
同じ血を繋ぐ、この世でたった一人の兄弟。
咲遊音にとっても、凪遊音にとっても、互いが互いを認め、許し、支え、時に叱り、時に甘えながら自己を確立してきた相手。
自分を見失う度に、二人は今までそうしてきたように体温を分け合い、血の流れを感じる。
ぐちゃぐちゃに絡まった感情の糸を総て曝け出すのに抵抗がないわけではないが、そうする他にどうしようもない時にだけ、咲遊音は凪遊音に泣き付く。
わだかまった胸の凝りを全部吐き出すまで、弟の手の平が咲遊音の背中を撫で続けた。
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