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Celluloid Summer
†††




「咲遊音、何があった?」


数日経って、解散時に瑞希が尋ねた。

あの日から、那智は仕事に出てこない。

それどころか、部屋からも出てこず、咲遊音とも会わない日が続く。

食事も睡眠も採っている様子がない。


「…わからない…」


彼が、何を苦しんでいるのか。

咲遊音に出来ることは、外から呼び掛けるだけ。

返答はない。

おそらく、那智は事故の再現を夢に見た筈。

自分はあの時…


瑞希と別れて、咲遊音は今まで思い出すのを避けていた奏の事故を思い出す。








暑い日だった。

恋人と喧嘩をして、俺は後悔していた。

海外へ留学したい、という奏。

それは、自分と離れる、ということ。

けれど、それを止めることは出来ないとわかってもいた。

だから、その日。

いつも一緒に帰っていた奏の部活を待たずに、先に帰った。

両親を説得するために。
一緒に海外へ渡るために。


急ぎ足で家に帰り、両親に自分の考えを告げた。

考えが堅いことを知って両親は納得してくれた。

母さんなど言い出すのがわかっていたのか、準備は進めてるから、とまで言って笑ってくれた。


だから迎えに走った。


謝って、それから。

一緒に行こう、って。

それから。

二人の誕生日を迎えたら、結婚しよう、って。



学校に一番近い大通り。

夕方を迎え初めて、増えた交通量。

車の切れ切れに、奏の姿が見える。


こちらを、見ていた。

挑むような、瞳で。

誰かと、話しているようだった。

きっと那智だ。



俺は手を振る。

そして、信号を見上げた。

早く、変わらないかな。
早く、伝えたい。


黄色に変わった。
車がスピードをあげて、突っ込んでくる。


奏の体が不自然に傾ぐ。


声をあげる間もなく、奏の体は跳ね上げられ、車の急ブレーキがけたたましく響いた。


血の気が退いた。

指先が白く凍えていく。

息が、出来ない。

あちこちであがった悲鳴が遠い。

視界が暗い。

心臓が大きく音を立てて停まった。

誰かが、倒れた奏を抱き起こそうとした。

体が勝手に走る。

彼女の名前を狂ったように叫ぶ自分の声。


擦り抜けていく、男の子。



力を失った奏。

抱き起こしても、呼んでも、反応がない。

白い肌に流れる赤い液体。

染まっていくセーラー服。

周囲からあがる啜り泣きの声と、喧騒。




俺の記憶は、そこで途切れた。






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あきゅろす。
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