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Celluloid Summer
†††



那智は幼い頃、両親を亡くした。
物心つく前で、那智は両親の顔も名前も知らない。
ただ、周囲の大人達の噂で、両親がまっとうな人種でないことを知った。

何をしていたかは知らないが、おおよそ堅気な仕事では無かったのだろう。

那智には基本となる親の教えや躾が欠けていた。

両親亡き後、育ててくれた祖父母は那智を憐れに思うがあまり、叱ることをしなかった。

那智は根本的に、善悪のわからない子供だったのだ。

那智の関心は専ら『死』について向けられた。

他人にいる両親が、自分にいないことが不思議だったのかもしれない。

自分から両親を奪った『死』というものを、幼い那智は解明しようとした。

あるいは、それがわかれば両親が帰ってくるかもしれない、と思ったのかもしれなかった。

『死』んだモノと『生』きているモノ。

那智の世界はそれだけだった。

昆虫を捕まえては殺し、それを観察する。

子供ならではの惨たらしい実験は無邪気に行われた。

その内、昆虫ではなく、動物に興味が移る。

だからその日。
那智は実行しようとした。

それを奏が話し掛けてきたのだ。


那智にとって、周囲の大人達は煩わしい存在で。それでも、特に何も感じなかった。どうでもいいとすら思っていた。

奏もまた、小学生の那智にしてみれば大人に見えた。

ただ、他の大人と違うところ。那智を攻撃も憐れみもしない。腫物を扱うような視線を感じない。

夢と愛を語る少女に、那智は言いようのない苛立ちを感じた。


それは、自分の得られなかったモノ。

大きくなったら何になりたいか、なんて、考えなかった。
愛してくれる人はいないも同然だった。


言いようのない苛立ちは、那智の心に渦を巻く。
全てがそれのみに支配される。


そして。

その頃の那智には善悪の判断が出来なかった。









自分を呼ぶ声に、那智は目を覚ます。

水をかぶったように全身が濡れていた。

のろのろと起き上がると、心配そうに那智を覗き込む咲遊音と目が合った。

どくん、と心臓が脈打つ。


「…大丈夫?那智…」


那智は奏の事故にあった瞬間をトラウマにしていると知っている咲遊音は、複雑な思いで那智を気遣った。
那智は最愛の人を亡くした瞬間を、繰り返し夢に見てはうなされる。

そのせいか、那智は空間を見つめたまま、咲遊音を見ようとしない。


「…那智……?」


那智は視線を彷徨わせ、膝に置かれた手の平を見つめる。

そこには生々しい感触が残っていた。

息を飲む音が嫌な程、大きく聞こえる。






――咲遊音から奏を、奪ったのは自分だ―――







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あきゅろす。
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