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Celluloid Summer
†††



ACT.6

暑い日だった。夏休み前のむっと籠もる空気。
もう夕方だというのに、暑さが退かない。

(暑い…)

子犬を拾った。
白くて、小さくて、可愛い子犬。
薄汚れた毛並み。捨て犬。

(生きてる、モノ)

緑の街路樹。
煉瓦の歩道。
伸びる影。

こめかみから汗が流れて、首筋を伝う。
背中で揺れるランドセルすら、熱が籠もって熱い。

足早に歩道を走り、渡る直前に変わった信号に、わずかに苛立って睨み付けて。
腕の中の子犬を抱きかかえ直した。
手の平が汗ばんでいる。

(…車…ひかれたら死んじゃう…?)

腕を伸ばす。
車道の端に子犬を差し出した。
すれすれを通る車。


『ダメよ。そんなことをしちゃあ。今、学校帰り?』


暑さを吹き飛ばすような、涼しい声。
突然、話し掛けられて慌てて手を引き、困惑気味に頷く。

(知らない、人だ。)


『私も学校帰りなの。…君は?どうして今、帰りなの?』


笑った少女。よく知ってる花に似ている。
学校の花壇にある花。

(ひまわり)

居残りだったと言ってから、不機嫌が加速する。


『勉強、キライ!』


甲高い声。
声もキライ。
クラスの何人かはもう、声変わりが始まってるのに。向日葵もキライ。

隣に立つ少女。
長い髪が風になびく。


『私は好きよ。私、海外に行って勉強したいの。』


夕方を迎え急ぐ車。
響くクラクション。
まっすぐな綺麗な横顔。

その様子に那智は非道くイラついた。
けれども、少女は淋しそうに微笑する。


『出来ないの?』

『反対されてるの。君にも好きな人が出来たら、わかるかな?』

『好きな人がいるの?』

『うん。』


どうでもいい話だ。
それなのに、少女は那智に笑い掛け、少し君には早いかな、と言って。


『凄く、好きな人が、いるの。』


信号を見ながら、見てないように少女が呟く。


『恋人なんだけど、今、喧嘩しちゃってるの。私が外国に行きたいって行ったから。引き止めようとするの。』


見上げて映る少女の横顔。
決意を秘めた、綺麗な。

(煩いな。)


『離れたくないのは、私だって同じよ。でも、どうしても、叶えたい夢があるから。』


那智に話して聞かせるというより、自分に言い聞かせるように。
一度、目を伏せて、顔をあげる。


『咲遊音が怒っても、泣いても、私は行くわ。謝りたいけど、きっと許してはくれないね。
でも、好きな気持ちはきっと、なくさないわ。』


毅然とした態度。
那智はそっと子犬を片手に抱き寄せた。

車の騒音がひどい。

(煩い。)

信号が変わりかけたのか、スピードをあげて走る車の群れ。

(煩いよ。)

少女の体が傾く。
風になびく髪。






その背中を押す、自分の小さな白い手………。







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