Celluloid Summer
†††
あえて言うなら、奏への気持ちに一番近い。
けれど、あの全身を傾けて思うまま自由に、心の総てを捧げるように、溺れて死んでもいいと叫ぶほどに、焦がれた恋情とは違う。
手を差し伸べたい。
君の見てるものが見たい。
知りたい。
大事にしたい。
泣かせてみたい。
笑ってほしい。
締め付けるような痛み。
それは甘くて、時折、呼吸すら忘れてしまう程の、愛しさと切なさ。
奏の時の、焼き切れそうな独占欲ではなく。
笑って…幸せになってくれるなら、身を退いてもいいと思うぐらいの…強い祈りにも似た感情。
同じ恋は二度と出来ない、と言っていたのは誰だったっけ。
那智の寝顔に、咲遊音は涙を滲ませる。
奏が好きだ。
誰より大切だ。
彼女を愛している。
その気持ちに偽りはない。
けれど、那智を大切にしたい。
同時に二人を愛せるなんて、世間では浮気心だの二心だの言われて、糾弾されてもおかしくない。
奏を。
あの転がるように戯れあった日々を。なかったことには出来ない。
忘れることなど出来ない。
嫌いになることも、亡くしたからと薄れることも。
けれど、想い続けることもきっと許されない。
そして。
那智への想いを消すことも出来そうにない。
奏を想う炎のような焼け付く熱情。
那智に対するひたひたと水が凍みるような思慕。
別方向に引っ張られる心。
「心が…千切れそうだ…」
いっそこのまま壊れてしまったなら、もう痛みを感じなくてすむのに。
指先で触れた那智の額は、ひんやりと冷えていて。
那智が僅かに眉を寄せるから、起きるのかと咲遊音は指を退いた。
しかし、那智が目を覚ます様子はなく、うなされているのだとわかった。
咲遊音は部屋を振り仰ぐ。
徨々と明るい蛍光灯。
明るい室内で、悪夢に引きずり込まれている那智。
何故…?
額から汗が流れ、那智の目尻から一雫の涙。
苦悶に彩られた寝顔。
時折、緊張に身を強ばらせ、不規則に呼吸が乱れる。
明るい室内では悪夢は見ないのではなかったのか。
日に日に疲労の色を隠せなくなっていく那智。
咲遊音には思い当たる事柄がある。
「もしかして…あれから、眠れてない…?」
自分の為に暗闇で眠りについた那智を。
悪夢は光の中にまで追ってきていた。
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