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Celluloid Summer
†††



昼前。

忙しさに加速がかかる頃、遅番の従業員が加わる。


「おはよーございまーすっ!!」


元気な声と共に、小柄な女性が裏口の扉をあける。


「お早よう、春日君。」

「お早うございます、マスター。カウンター、替わりますね。」


髪をアップにまとめた彼女は、砂田 春日(すなだ かすが)
華奢で小さな外見だが、一応、パティシエで『BC』でカウンターが勤まるのは瑞希と春日、あともう一人の三人だ。


一方、ホールの方を取り仕切っているのは、那智ではない。
チーフと呼ばれる、ホールマネージャーがいる。

彼は出勤すると、控え室に隣した事務室で簡単な用事を済ませてから、店に出てくる。


「お早うございます。瑞希さん、那智君。」


春日には挨拶を済ませていたらしい彼は、白兎 タクミ(はくと たくみ)
この店で、唯一、白い制服を身に纏う、童顔の二十七歳。

本日、火曜のメンバーはこの四人だ。




定休日の前日ともあって、店内は賑わい。

また、テイクアウトも出来るのでサンドイッチにケーキ、クッキーにサブレとお土産に求める人も少なくない。

店員の中では『地獄の火曜日』と言われている。


当然、昼前からがピークで店員は遅い昼ご飯を余儀なくされる。


その火曜日に那智が昼休憩に入れたのは、二時を回った頃だった。


彼等は休憩をとる際、カウンターの奥、裏口から一旦外に出て、裏手に立つマンションに裏口から入る。

一階の一番手前の部屋が、従業員休憩室だ。

部屋自体は、彼等が暮らす部屋と同じ造りで、2LDK。

玄関に面したダイニングリビングが、専ら休憩に使われる。

採光を考慮された明るい部屋に、椅子とテーブルが置けそうなベランダ、一階は眺めは良くないが、二階から上は中々によい。


休憩室の奥の個室は、仮眠室と資料室に使われており、彼等が暮らす部屋では、二人一室ゆえに、それぞれの個人部屋になる。


ざっと説明すると。

玄関を入ってすぐ、ダイニングリビング。正面にベランダ。

左手にクローゼットルーム。左手奥にキッチン。

右手に廊下が延び、廊下に立って左手に個室二部屋。

右手が奥から、浴室、サニタリールーム、トイレと洗面所となる。



休憩に入る従業員は瑞希から鍵を預かり、この部屋に入るのだが。


「…あ…忘れた……。」


休憩室の前まで来た那智はドアノブを前に呟いた。

今日はトップで休憩に入った為、前の人間が鍵を掛け忘れて開いている、なんてことはない。

那智は諦めて、何げにドアノブを回し、引き返そうとした。


カチャリ…

短い金属音に、ふと軽く動く手応え。


「………開いてる…。」


鍵が掛かっているのを確認する筈が、開いてることを確認してしまった。

昨日誰かが掛け忘れたんだろう、と納得し、那智は当たり前に室内に入った。

玄関で靴を脱ぐ。

その目に、白いスニーカーが映った。


(誰のだろ…?)


休みの誰かが、資料室にでも居るのかもしれない。


リビングを横切り、資料室になっている部屋の扉をノックしたが返答はない。

そっと開いてみるが人影はない。

調べ物途中らしい、ノートと、ケーキの作り方の載った本が広げられたままになっているばかりだった。

筆記用具の可愛らしさから、こちらは春日の物と判別がつく。


隣の仮眠室にも人の気配はない。

部屋のドアを閉めてリビングに戻ろうとした那智の目に、奥のドアが開かれるのが映る。


普段、従業員は使わないそのドアは浴室のモノ。





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あきゅろす。
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