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Celluloid Summer
†††




深夜。

那智は、瑞希の部屋を訪ねた。

インターホンを押して、無言のまま立ち尽くしている那智を、タクミが迎え入れてくれた。


「どうした?那智君。」


瑞希の目から見ても、相当に思い詰めているのがわかる程、那智の顔色は悪かった。
玄関から足が進まないのか靴を脱ごうともしない那智に、出てきた瑞希が声をかける。


「………。ちょっと…お話が、あって……」


言い淀む那智を促すと、那智はようやく部屋に上がりリビングに足を運ぶ。

勧められるままにソファーに腰を下ろして、タクミが入れて来てくれた紅茶を受け取りながら、那智は言葉を探している様子だ。


「…なんかあったか?」


瑞希に頭に手を置かれて、その声音に那智の重い口が開かれた。


「…咲遊音の、ことなんです……」


咲遊音の叔父にあたる瑞希なら、知っているはず。

那智はそう思ったから瑞希の部屋を訪ねてきた。

朝の会話の後。

気まずくなるかと思った空気は、不自然な程いつもどおりだった。

そう。
咲遊音はあの後、昼ご飯に取り掛かって、部屋の掃除を普通にこなし、寮の掃除を片付けて、夕飯の買い物に出、洗濯を取り込むと晩ご飯の支度に取り掛かり、それらはあまりにも『いつもどおり』だった。


「アイツの恋人…死んでるんですよね……?」


那智の言葉に瑞希とタクミは顔を見合わせる。

そしてゆっくりと那智に頷いた。


「そうだ。奏は十年前に死んだ。聞いたのか?」


瑞希に問われて、那智は首を振る。


「偶然、その場にいたんです…俺……。」


それどころか、彼女と最期の言葉を交わしたのは自分だろう、と那智は思う。


「…そうか……。咲遊音が言ったわけじゃないのか……。」


軽く目を伏せて、瑞希が深いため息を吐く。


「アイツはな、認めてないんだよ…彼女の死を…。アイツの中では、彼女は海外留学中で、離れているだけなんだ…。」


那智はこくりと息を呑む。それは、心の病と言わないか?


「気付きたくないんだ。もう奏がどこにもいないことを。」


辛そうな瑞希の言葉は、それが十年間、続いていることを告げた。




奏は咲遊音の幼なじみだった。生まれたときから、ずっと一緒で、咲遊音の奏への心酔ぶりは若いからだけでは片付かないくらい激しかった。

姉弟のような関係は、思春期に恋人へと姿を変える。

仲睦まじく、学校でも公認で恥ずかしいのだ、と奏が瑞希に訴えたこともあるくらいだ。


それが十年前に一変した。

奏は無残な事故で命を落とし、咲遊音は奏と共に心の一部を無くしてしまった。


「絶対、結婚して幸せな家庭を築くもんだと…周りの誰もが疑ってなかったし…祝福していたんだ…」


瑞希はそう締め括ると、俯いていた顔をあげ、那智を見た。


「俺は、咲遊音を治すために、アイツの家族から咲遊音を預かったんだ。」





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あきゅろす。
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