Celluloid Summer
†††
ACT.4
「おはよう。休みなのに早いね?」
翌朝、那智が起きだすと、咲遊音が台所で何やら奮闘している。
ぱたぱたと目まぐるしく動いていたが、那智に気付くと極上の笑顔で出迎えた。
「おはよ…。何やってんの…?」
「ん?昼ご飯にと思って、手打ちうどん作成中。」
今日は特に予定がないらしく、朝から昼ご飯に取り掛かっているらしい。
休みくらいゆっくりすればいいのに、と思った那智だったが、そもそも咲遊音は寮の管理をしているのだから休みらしい休みはない。
「朝ご飯はオムレツと魚介のサラダ、野菜スープだよ〜。すぐ用意するね。」
弾んだ声は寝不足気味だった那智の顔を僅かに弛ませた。
大人しく椅子を引いて座りながら、咲遊音を観察するように眺める那智。
思えば、他人と共同生活をしていること自体が、那智にとっては不思議だった。
しかしそれも、咲遊音の持つ天性の明るさと面倒見の良さにあるんだと気付いてもいた。
少しづつ傾いていく心は、那智に不愉快でない痛みと甘さを与えているが、それを恋だと認識するには那智に恋愛経験がなかった。
眩しい人だと思う。
最初はただ欝陶しい世話焼きだと思っていたのに。
那智の見ている前に、朝食を並べる咲遊音は、視線に気が付いて微笑する。
テーブルの向かいからオムレツの乗った皿を置こうとした咲遊音の首元から、朝日を弾く金色のロケットが滑りだして揺れた。
「…それ、いつもつけてるんだね。」
那智の白い指先がロケットを指すのを見て、咲遊音が幸せそうに笑う。
「ん?うん。…彼女。」
恋人の存在を確認した胸は、微かに痛みを訴えたが、那智は気付かないフリをした。
「…って言っても、高校のときので、今は逢えないんだけどさ。」
寂しげに続けながら、咲遊音の指先がロケットの留め具を外す。
夢見るように優しげに笑ったセーラー服の少女。
茶髪を背に流して、問い掛けるような瞳がこちらをじっと見ている。
那智の瞳が見開かれた。
少女の顔に、見覚えがあったからだ。
まだ幼い頃の光景が甦る。
「っ…咲遊音っ…俺、この子、知ってるっ…!」
悲鳴にも近い那智の声に、きょとん、とした咲遊音はまた微笑してみせた。
「そうなの?俺と同い年だから、今、二十五だよ。」
「嘘…」
「那智?」
「嘘だ…だって……この子…俺の目の前で死んだんだからっ!!」
それは那智が十歳の頃。
繰り返し見る悪夢の断片が示す、那智のトラウマ。
那智自身、そのことを忘れていた。
だが、顔写真に思い出してしまった。
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