帰るべき場所に
夕方遅くまで続いたお買い物は空腹を感じた7時過ぎに終わり、私達はデパートのレストラン街に移動した

そこでガラスケースの中にあるサンプルを見て美味しそうだと意見が一致した和食のお店はお客の年齢層が高く、静かで落ち着いた雰囲気がある

一通り目を通したメニューはどれも単価が高く、私はなるべく安めの鳥そぼろ御膳を注文した

すると小太郎も同じ御膳を注文し、私だけに抹茶の黒蜜パフェを追加してくれた

それを全て食べ終えた今、さり気なく彼の腕時計に目をやると針は既に8時を回っていた

昨日の朝から今日まで、こんなにも彼と二人だけで居られたのは初めてだ

こんな生活がずっと続くのだと思えば嬉しくなり、自然と笑みが零れる

「そろそろなまえをお家に帰してあげないとね。」

幸せだ、そう思った矢先に彼は腕時計に視線を落とし、普段と変わらぬ優しいトーンで冷たい言葉を発した

その言葉を聞いた途端に口内に残っていたパフェの甘味が消え、夢から覚めたような空しさを感じた

私が小太郎と一緒に居たいと願うように、彼も私と一緒に居たいと願っていた

ではどうして私を実家へ戻すように考え、こんなにも幸せな時間に区切りを付けようとするのだろう

「帰るって…小太郎のマンションに、だよね…?」

「違うよ。なまえをもうじき捨てようとしている両親の待っている、なまえの実家だよ。」

「どうして?私のお家は小太郎のマンションでしょう?昨日、鍵をくれたよね?それに、これからは一緒に暮らすから、今日はベッドとか、沢山お買い物をしたんでしょう?私のお部屋も用意してくれたのに…もしかして、私が嫌いになった?それなら、何処が嫌かを教えて。教えてくれたらすぐに改善するし、小太郎の為なら、何でもするから。ねぇ、小太郎…お願い、嫌いにならないで。実家になんて帰りたくない。ずっとずっと、小太郎と一緒に居たいよ。」

僅かな期待はあっさりと打ち砕かれ、私は場所も忘れて彼に懇願した

仕切りのお陰で他のお客に私達の姿が見えずとも、これだけ静かな店内では全てが筒抜けだ

それでも次々に言葉が溢れ、早くも涙がテーブルを濡らした

両親が私を好いてくれているならまだしも、私を嫌悪している両親の元に帰るのは辛い

どうせ今だって何の連絡も無いままに姿を消した私に怒りもせず、邪魔者が居なくてスッキリする、とでも考えているんだ

両親が私をどう思い、どういう目で見ているのか

彼が一番知っているのに、どうして実家に帰そうとするのか分からない

「なまえ、そういう意味で言ったわけじゃあないんだ。大丈夫だから、落ち着いて。」

大丈夫大丈夫と繰り返す彼は伸ばした右腕で私の頭を撫ぜ、私が落ち着くのを待ってくれる

いつから私はこんなにも不安定になり、すぐに泣いてしまうようになったのだろう

一々こうなっていては何れ本当に彼に嫌われ、別れ話を持ち出される

彼に愛されているという確かな自信と、動揺しない強さが欲しい

「吃驚させてごめんね。でも、本当になまえが不安に思っているような意味で言ったんじゃないんだよ。明日は終業式で、制服はなまえの実家にあるよね。だからきちんと登校する為にも、今夜は実家に帰してあげないと…っていう意味で言ったんだ。」

「…学校、行かなきゃ駄目?」

「最後くらい出席したらどうかな。あぁ、放課後は迎えに行ってあげる。学校から一番近い駅の前に24時間営業のスーパーがあるよね?その駐車場で待ってるから、一人で俺に会いにおいで。」

「小太郎がそう言うなら…頑張って、登校する。」

彼の提案を却下するわけにもいかず、私はゆっくりと首を縦に振った

あれだけ酷いメールをくれたクラスメートに会うのは恐怖でしかなく、正直乗り気にはなれない

けれど、彼が登校するように言うのなら私は登校するしかないのだ

嫌だと駄々をこね、彼の機嫌を損ねるなんて事は出来ない

それにたった数時間我慢さえすれば彼に会え、またこうして二人だけの時間を楽しめる

苦痛な時間はその為の試練だと考え、放課後になったら一目散で彼との待ち合わせ場所に駆けよう

「あ、そうだった…あのね、小太郎。両親とね、学校が終わったら何処かに出かける約束をしていたの。勿論放課後は小太郎を優先するんだけど…どう断ったら良いかなぁ。」

「…先ず、なまえは両親がなまえを何処に連れて行こうとしているか分かってる?」

「んーん、分かんない。でも多分、クリスマスプレゼントを買いに行くんだと思うよ。」

「はっ、有り得ないよ。」

可能性の高い予想を言えば彼が声を出して笑い、右手を左右に振って否定した

馬鹿にするような反応に驚かされ、何度も瞬きを繰り返した

上辺だけでも、両親は親としてクリスマスプレゼントをくれるだろう

そんな予想を立てる私の考えは甘いと、呆れられたのかも知れない

「…小太郎は何だと思う?」

「さぁ、何だろうね。」

明らかに知っているだろう彼は首を傾げ、クスクスと音を立てて笑った

事実を教えるにはまだ早いと考え、誤魔化しているだけだ

これから私は実家に帰され、両親に会わなければならない

こんなにも不安を煽られた状態で、きちんと顔を合わせられるか心配だ

「その約束の件は一旦忘れて、そろそろ出よう。で、着替えさせてあげないとね。」

「私を?」

「そうだよ。いつもの服に着替えなきゃあの両親が今着ているそれをどうしたんだって問い詰めて、なまえの貴重な睡眠時間を奪っちゃうじゃないか。念の為にメイクも落とさなきゃね。車に着替えとメイク落としもあるから安心して。」

確かに普段の私では着ないようなこの服を両親が見ればどうしたのかと質問攻めになり、自室へ逃げ辛くなる

彼の言う通りに普段の服装に着替え、メイクを落とした方が良い

どうしたら彼のように後々の問題についてまで考えられるようになるだろう

私では絶対に気付けず、帰宅するなり質問攻めになっていたに違いない

今まで何処で何をしていたのか、その言い訳だけでも自分で考えよう

「いつも着てる服なのに…どうしてかな、凄く違和感がある。」

「それだけ俺の選ぶ服を気に入ってくれたって事だよ。」

食事の会計を済ませるとそのまま地下の駐車場まで行き、沢山の荷物が詰まった狭い車内で私の着替えが始まった

荷物で身動きが取りにくいのに二人で後部座席へ行くと更に狭くなり、幾つか紙袋を潰してしまった

そんな空間でも彼は着々と私を着替えさせ、綺麗に全てのメイクを落としてくれた

着替えさせられた服は私が自分で購入し、自室のクローゼットに仕舞っておいたのと全く同じ

同じと言うか、これら全ては彼が持ち出したか、私が彼に預けたのだろう

スニーカーもまた普段から私が履いているのを履かされ、先程までの自分とは全く姿になった

自分の好みに合わせて購入した筈が一気にみすぼらしく感じ、窓にはスッピンで冴えない顔をした私が映っている

「あ、小太郎…明日の待ち合わせ、時間と場所を変えちゃ駄目?」

「…どうして?」

「小太郎にね、クリスマスプレゼントをあげたいの。でもまだ買ってないから…会うなら、用意してからが良い。」

まだ購入していないプレゼントを思い出し、掌をパチンと叩いて彼にお願いをしてみた

こういうのはプレゼントの存在を隠したままの方が良いとは知っている

でもきっと彼は私が誤魔化そうとしても詳しく尋ね、どんなに誤魔化しても無駄になる

それなら最初から誤魔化そうとせず、本当の話を打ち明けた方が利口だ

ついでに彼がクリスマスプレゼントとして何が欲しいのか、それも聞きたい

私のセンスだと彼の好みとは全く違う物を購入してしまい、折角のプレゼントが失敗に終わってしまうから

「なまえに一人でお買い物になんて危なくて行かせられないよ。昨日俺がどれだけ他の人間が危険かを教えたのに、もう忘れちゃったの?」

「…じゃあ、小太郎も一緒に来てくれる?」

「勿論だよって言いたいところだけど…先ずはクリスマスプレゼントに何が欲しいか、リクエストしても良いかな。」

「ん、リクエストしてくれると私も助かる。」

普段の彼は私が何かしようとすると断り、私が居るだけで十分だと言ってくれる

今回は断るどころかリクエストしてくれるものだから嬉しくなり、狭い車内で彼に向き合おうと体を捩らせた

いつも私を大切に扱い、何だって与えてくれる彼に恩返しが出来るチャンスだからケチってはいられない

何を望まれても言葉一つで頷き、必ずプレゼントしてあげたい

今夜は就寝前に彼へ日頃の感謝や私の想いを込めた手紙を書き、それをプレゼントと一緒に渡すのも良いだろう

「明日、俺に会いに来る前に担任から退学届を貰っておいで。それがなまえから俺へのプレゼントとして、ね。」

「…そんなので良いの?」

少し言い辛そうに頭を掻いた彼は決意したように私を抱き締め、耳元でリクエストを言った

担任から受け取った退学届を彼に渡す、そんな事で彼は満足してくれるらしい

クリスマスプレゼントとは言い難いリクエストではあるけれど、彼が望んでいるには変わりない

そんな事で彼が喜んでくれるなら私は明日、笑顔で担任の元へ駆け寄れる

担任が事情を聞き出そうとすれば家庭の事情だと適当な嘘を良い、誤魔化してしまえば良いだけの事

それに、私が今までに受けたクラスでの扱いを考えれば私が退学を選ぶのは当然だとも言える

今までに退学したクラスメートも虐めを原因に退学を選び、学校側も退学届を受理した

私だけがしつこく引き止められ、説得に長時間もかかる心配は無い筈だ

「なまえ、出来そう?」

「小太郎の為に出来ない事なんて無いもん。」

「…良い子。」

真剣な表情で確認を取った彼は私の返答に気を良くし、ご褒美のキスをくれた

出来るか出来ないか、なんてのは考えるまでもない

彼に喜んでもらう為にしなくてはならない事、なのだから

その結果、誰かが傷付こうとも

「ずっと一緒に居たから、離れるのが寂しいね。」

「そうだね。出来るならこのまま連れて帰りたいくらいだよ。」

暫く車内で触れ合っていた私達は10時前に車を移動させ、いつも通り私の実家前に駐車した

私だけが下車して運転席側に向かうと彼が窓を開け、名残惜しそうに私の頬に腕を伸ばしてくれる

また半日後には会えると分かっていても別れを寂しく思ってしまい、中々家には足が向かない

私を捨てようとしている両親が居るのだから恐くもあり、そちらへ目も向けられない

だからって、この場から離れないわけにはいかない

約半日の我慢だと自分に言い聞かせ、いい加減にしなくては

「じゃあ…小太郎、また明日、ね。」

「うん。また明日、会えるのを楽しみにしているよ。」

別れのキスを合図に私は門の中に入り、玄関でインターホンを押した

背後ではゆっくりと彼が車で去る音が聞こえ、ドアの向こう側からは両親の足音が近付く

昨日の朝、私は彼と家を出る際に鍵を使用した

その鍵は何処かで失くしてしまい、家へ入るには内側から開けてもらうしかない

だから両親との対面からは逃れず、緊張が高まる

「なまえ!!学校を休んだかと思えばこんな時間まで遊んで…何を考えているの!?」

「出かけるならせめてメールを入れるなり書置きをするなり、そのくらい考えないか!!」

「…すみませんでした。」

ドアを開くなり顔を出した母は怒声とは裏腹に私を抱き締め、その後ろでまた父もホッと胸を撫ぜおろしながら私を叱った

小太郎に事実を教えられる前の私なら両親を心配させてしまった自分を恥じ、心の底から自分の行いに反省した

事実を知っている今ではこれが演技だとも知っているから心に無い謝罪の言葉を述べ、母の温もりに意識を集中させてみた

慣れている筈なのに、どこか違和感を覚えてしまうのは何故だろう

体温だけではなく、両親の姿形、表情、声、何もかもに違和感がある

本当に、この二人が私の両親かも疑わしい

「ケータイにメールしても返信は無いし、電話は繋がらないしで、どれだけ心配したのか分かってるの!?」

「かすがちゃんの自宅に電話して、宿泊させて頂いていると分かるまでは警察に連絡しようかと思っていたんだぞ!!」

「すみませんでした。」

止まらぬ二人の説教に私は再度同じ謝罪を述べ、いつまでも離そうとしない母の腕を離した

今日はこれからお風呂を済ませ、明日の為に小太郎へ手紙を書きたい

いつまでもギャンギャンと五月蠅い二人に構っている暇も無く、忙しいのだ

どうせ二人も私を捨てるまでは良い親を演じようとしているだけだし、いつまでもこんな茶番に付き合ってはいられない

「お邪魔します。」

「待ちなさい!!」

「ふざけるのも大概にしないか!!」

二人を横切って家へ上がれば思いきり肩を掴まれ、強制的に父と向き合うはめになった

ふざけているのはどっちなんだ、と大声を出してやりたい

もうじき私を捨てるくせに、とも

幼い頃からずっと私が大嫌いなのを隠し、良い親を演じていただけのくせに

本当は私の心配もせず、不在を喜んでいたくせに

「ねぇなまえ、アナタ本当にどうしたの!?いつからそんな風になってしまったの!?」

「…お風呂、お借りしますね。」

ついには嘘泣きまで始めた母を密かに笑い、肩を掴む父の肩を払い退けた

その瞬間、はっきりと視界に映った両親の傷付いた表情も演技でしかない

何もかも、嘘っぱち


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