嘗ての友人を
「小太郎はいつも私の好みを当てちゃうんだね。」

風呂を済ませてからの彼女は俺の用意していた部屋着を気に入り、洗面台の前で椅子に座ったまま上機嫌だ

下着は清楚な彼女に似合う白を用意し、部屋着は彼女が以前から欲しがっていた物

本屋で立ち読みをする度、彼女はその部屋着が掲載されたページを真剣に見ていた

欲しかった物を偶然俺が購入したと思い、本当の事を何一つ知らない彼女の笑顔は泣き顔よりも愛おしく感じる

「家の中ではベビードールで過ごして欲しかったけど、俺の我慢が利きそうにないからね。」

「………すけべ。」

俺の言葉に恥じらう彼女はせめてもの強がりを言い、すぐに俯いて赤い頬を隠した

背後に立つ俺の視界には真っ赤な耳が見え、どんなに隠そうとしても無意味

俺に恥じる必要は無いと彼女に言いつつ、本当は彼女の恥じらう姿が大好きだ

だから彼女の羞恥心を刺激するような事ばかり行い、存分に楽しませてもらっている

一々過剰な反応を見せる彼女を楽しみながら、しっかりと理性を抑えるのも最近では慣れてきた

我慢した分、後の楽しみが大きくなる

そう自分に言い聞かせ、自制するのも残り僅か

明日でついに彼女は俺だけのものになり、彼女の瞳には俺だけが映る

求めた結果を得るにはミスを起こさず、俺がいかに彼女を大切に思っているかを信じてもらわなければならない

性欲に負け、これまでの努力を無駄にするのはアホのする事だ

「こんなもんかな。」

「ふわふわだね。」

20分近く続いたブローが終わると彼女は自分の髪の毛に触れ、クシャリと幼い笑みを浮かべた

彼女を風呂に入れ、全ての世話をしてあげるのが俺の夢

その夢が着実に叶い、彼女が俺を笑顔で受け入れてくれるのは俺が努力したからこその結果だ

彼女の為なら何だって出来るし、何をしたって苦は思えない

例えどんな苦労を負ったとしても、彼女が笑顔になるなら俺はそれで満足出来る

「肌ももちもちできもちぃー。」

「気に入ってもらえて良かったよ。」

髪の毛の次には頬にペチペチと触れ、とても御満悦

シャンプーや歯磨き粉は普段から彼女が使用する物と同じのを買い、化粧水だけは違うのを買った

使い慣れた化粧水の方が肌に良いだろうとは思ったけれど、薬局での特売品を俺はあまり信用出来ない

きっと彼女はまだ自分が子供だから安物で良いと考え、一本で500円にもならない物を使用していたのだと思う

この際に基礎化粧品を用意しようと決め、どれにしようかと選ぶにはかなりの時間がかかった

それでも早速それらを気に入り、笑顔の彼女を見れば俺もまた嬉しくなる

「次は私が小太郎の髪の毛を乾かしてあげるね。」

「俺は良いよ、タオルで十分だから。それより次はね、なまえに紹介したい友人が居るんだ。」

「今から…?」

ぴょんと椅子から飛び降りた彼女は俺の言葉に顔を強張らせ、不安そうに俺を見上げた

先週、俺は彼女に紹介したい友人が居ると告げた

彼女はそのお願いを素直に聞き入れ、約束通り佐助と会ってくれた

でも、紹介したい友人は佐助だけじゃあない

山の中で彼女に大恥をかかせたのは傷付ける目的とは別に、こうして自然に自宅へ招く為でもあった

彼女ならこれから紹介する俺の友人とすぐに打ち解け、仲良くなれる筈

彼女達も彼女の訪問を喜び、大歓迎してくれるだろう

「ずっとずっと前から、皆はなまえが来るのを楽しみにしていたよ。」

拒否権を与えずに抱き上げると不安を耐えるように抱きつかれ、密着した肌から乱れた鼓動を感じた

今は見えない相手に怯えていても、相手が誰かを分かればすぐに彼女は笑顔になる

本当に彼女達は彼女が来るのを楽しみにしていたし、彼女に害を与えるような存在でもない

早く彼女を彼女達と会わせて、仲良くしてもらいたい

彼女そっくりの格好をさせた子を一番に紹介し、同じ名前だと教えてあげよう

あの子を紹介すればどれだけ俺が彼女を愛しているかが伝わり、彼女は俺に笑顔を見せてくれる

「なまえに紹介したい友人ってのはね、彼女達の事だよ。」

「…ひっ……。」

早く紹介したい気持ちが焦り、彼女を抱えたまま廊下を駆けてリビングを目指した

ドアを開けてすぐにソファーへ座っているドールのなまえが俺達を迎え入れ、他の子は棚の上から彼女の訪問を喜んでいる

俺の期待と予想通り、彼女達は彼女を歓迎してくれている

肝心の彼女が彼女達の存在に拒絶を示し、俺の背後に身を隠してしまうのは予想外の行動だ

「なまえ、どうして隠れちゃうの?皆と仲良くしてくれないの?ねぇ、なまえ…何か言ってよ。」

何を言っても彼女は首を左右に振り、まともに話を聞いてくれない

絶対に受け入れてくれると信じていたのに、こんな結果はあんまりだ

理解してくれない彼女なんて…いや、感情的になっては後々自分が後悔するはめになる

冷静に考えてみれば彼女にとってドールは初めてで、ホラー映画に出るようなフランス人形と同じ物として間違った認識をしているだけじゃないか

何の説明も無しに理解を押し付け、期待外れな結果を理由に彼女を叱っては駄目だ

「ごめんねなまえ、吃驚させちゃったね。えっと…ほら、この子はなまえと同じ名前で…。」

半ばパニックに陥った俺の思考は冷静さに欠け、言葉が上手くまとまらない

とりあえずソファーに腰かけているドールのなまえを抱えて彼女に紹介しようにも続く言葉が出ず、ついに膝を震えさせて涙を零した彼女を見て何も言えなくなってしまった

その表情に、俺は見覚えがある

まだ彼女が俺を拒絶していた頃に、俺へ向けた表情だ

あぁそうか、俺は間違っていたんだ

「…なまえ、ごめんね。」

ドールのなまえにか、本物のなまえにか

自分でも分からないまま俺は謝罪を告げ、抱えていたドールのなまえを床に叩きつけた

衝撃に耐えられずに壊れたなまえの頭部は彼女の足元に転がり、皮肉にもその顔は俺を見上げている

俺の唐突な行動に彼女は腰を抜かし、はくはくと口を動かすだけで何も言わない

言わないんじゃない、言えないんだ

「少し待ってて。」

心に余裕があるなら許してもらえるまで謝罪を告げ、俺にとっての一番は彼女自身だと分かるまで言葉を続けたい

今はそんな余裕も無く、早くドールを片付けなければと頭がいっぱいだ

どうして俺は自分の間違いに気付けず、今日まで自分が正しいと過信していたのだろう

確かにドールは俺にとって何よりも大切な存在で、誰よりも多くの時間を過ごした貴重な友人でもある

でもそれは彼女と出会い、彼女を欲するまでの話

彼女を欲すようになった時点で俺にドールは不要だともっと早くに気付いていれば彼女を怯えさせ、驚かせる事も無かった

ドールであっても、彼女達は全員女の子だ

だから彼女は俺が自分以外の異性に想いを寄せていると不安になり、ああして泣いてしまっている

同じ名前のドールなんて自分の身代わりかとでも疑われ、俺達の関係が崩れる原因になり兼ねない

ドールにそっくりだから彼女に恋をした、そんな勘違いが生まれる前に早く処分しなくては

「こ…っ、こたろう…なにをしてるの…?」

「俺が必要とするのはなまえだけだから、こんな物は不要なんだよ。」

俺は彼女を得る為に、彼女の全てを捨てるように仕組んだ

その俺が彼女以外の何かに意識を向けるのは不公平だし、彼女への裏切りになる

もっと早く気付くべきだったと後悔しても遅く、今は兎に角彼女へ俺の一番が誰かを信じてもらうしかない

信じてもらうには他のドールも壊すのが無難だろう

そう考えた俺は50キロ以上もある棚を両手で掴み、全身の力を使って床へ倒れさせた

慣れない力作業に腕は痺れ、額に汗が浮かぶ

ドールを壊す事だけを考えていたから棚の下敷きとなってしまったガラステーブルは粉々に砕け、彼女が破片を踏んでしまわないように掃除が必要だ

でもそんな事を気にするよりも今はこれで彼女が俺を信じてくれるか、信じてくれないかが重要だ

テーブルと同じく棚の下敷きとなったドールはきっとパーツが外れたり、酷い破損を負ったりしている

中には無傷の物もあるかも知れないが、どうせ破棄するのだから気にするだけ無駄

流石にこれだけ乱暴に扱えば少しは信頼してもらえると思いたい

「なまえ、本当の話をするから信じて欲しい。俺はドールなんかよりもなまえが好きで、何よりもなまえを大切に思ってる。ドールを収集していたのはなまえと出会う前の趣味だから、今は少しも関心が無いんだ。そんな物に関心を向ける余裕なんて無いくらいになまえが好きだよ。俺にとってなまえは欠かせない存在だし、なまえの上となる存在は有り得ない。ドールじゃなくても俺はなまえ以外の何かに関心は向けない。それだけ俺はなまえが好きで、愛しているんだ。あくまでもドールは暇潰しの趣味だったって、信じてくれる?」

いつまでも床に座り込んだままの彼女の前に俺も座り、両手を繋ぎ合って言えるだけの言葉を並べた

今の今までドールを彼女に紹介しようとしていたくせに、関心が無いというのは苦しい言い訳に過ぎない

状況的に愛してるという言葉も嘘っぽく、ちんけな口説き文句のようだ

彼女なら俺を信じてくれると自信が無くては、こんなセリフを口に出来ない

「も、勿論小太郎を信じるよ…それに、私もちょっと吃驚しちゃって…ごめんなさい。」

「分かってもらえて嬉しいよ。さ、気を取り直して次はお家の中を案内してあげる。」

ほらやっぱり、彼女は俺を信じてくれた


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