嘘に嘘を重ねて
二時間近く慰め続けたなまえは疲れ果て、俺が乱したパジャマや下着を整えている内に眠ってしまった
肌にはまだ汗が浮かび、舌で舐め取ったそれは少しだけ塩辛い
布団の中は彼女の体温で暑く、大して動いてもいないのに俺の額にも汗が浮かんでいる
それを拭き取ろうと布団から出ると暖房の利いた部屋でも幾らか涼しく感じ、抜き取ったティッシュで指先に絡みついた潤みを拭いた
嗅げば独特の香りがして、きちんと反応を示した彼女に満足感を得る
行為中の彼女の表情や浅い呼吸を思い出しただけでも頬が緩み、次の機会を待ち侘びてしまう
「なまえ、おやすみ。」
既に熟睡中の彼女へ挨拶をしても返事は無く、目元に口付けると僅かにピクリと反応しただけ
時間は深夜二時少し過ぎ、数時間後に始まる学校には寝坊するかも知れない
俺も今日は午前中に単位を取らなきゃならない講義があり、そろそろ帰宅しないと寝坊してしまいそうだ
彼女とならいつでも会えるのだから、今日はこれくらいにしておこう
「なまえ、まだ起きていたの?」
部屋を出る前にもう一度彼女に口付け、愛おしい寝顔を写真におさめた
そのまま部屋の灯りを消し、真っ暗な廊下へと出て足を向けたのは一階のキッチン
手元がよく見えないけれど何処に蛇口があるのかは大体分かり、捻ったと同時に廊下とキッチンを繋ぐ扉の向こうから彼女の母親が俺に声をかけた
足音を立てずに移動する事は出来ても、流石に水道の音まで俺は消せない
タイミング悪く起床した母親が此方に来るのかと僅かな緊張が走って、無意識の内に消毒液の中に漬けられた包丁へと手が伸びる
暗いから、此方に来ても相手に俺の姿は見えない
けれど部屋の灯りを付けられたら即アウト、不法侵入者だと通報されるだろう
もしも俺だとバレたら、悲鳴を上げて父親まで駆け付けてしまう前に処分するしかない
「学校があるんだから、早く寝なさいね。それと…学校から帰って来たら、またお父さんと一緒に三人で話し合いましょ。じゃ、おやすみなさい。」
ずっと返事をせずに沈黙が続くと、再び彼女の母親が此方へ話しかけた
続いてトイレへと向かう足音が聞こえ、ホッと息を漏らす
ギリギリセーフ、最悪の事態は免れたようだ
早いところ手を洗い終えて、気付かれぬように外へと出よう
「よっ、遅かったな。」
帰宅した俺は玄関で見慣れた靴を見つけ、足早にリビングへと向かった
するとドールでもドールでのなまえでもなく、椅子に座っている友人の佐助が微笑んだ
出かける前に電源を入れたままだったテレビでは深夜ならではの通販番組が放送され、ソファーに腰掛けたなまえがジッとそちらを見ている
格好はいつも通り制服、パジャマに着替えさせるのは俺が風呂を終えてからでも良いだろう
「借りたい参考書があるって、帰宅してから気付いたんだよ。それで電話しても出ないから、直接来た。」
「そっか。勝手に棚から抜き取って良いよ。あ、悪いけど、今後は此処を休憩所として貸せない。」
ごめんと続けて、俺は彼の前に立ち腕を伸ばした
意味を理解した彼はずっと預けていたスペアキーを手渡し、嬉しそうにニヤケた顔で俺を見上げる
この鍵を彼に貸したのは、いつだったのかも思い出せないくらいに昔だ
彼なら俺の趣味を理解し、留守中に訪れたって構わない
だから今まで鍵を渡したまま、いつも場所を提供していたのだ
でもそれは今日で終わり、これからこの部屋は俺となまえだけの場所となるのだから
例え友人で佐助であっても、俺達だけの場所には足を踏み入れて欲しくない
「お前さ、随分と人間っぽくなったよな。」
「俺は元から人間だよ。」
鍵を受け取った俺は彼の前に座り、コートを脱いで頬杖を突いた
自分の家だから安心感があり、気を抜けば欠伸をしてしまいそうになる
テーブルの上にあるのは彼が持参した弁当の空と、半分だけ残ったお茶のペットボトル
それを見て自分は夕食がまだだったと思い出し、何度か腹を摩った
一日中働いて何も食べていなかったのに、全く腹が空いていない
疲労も無いのは、なまえと過ごして心が満たされたからなのだろう
「まぁそうなんだけどな。それで、なまえちゃんの初訪問はいつ?」
「水曜日、佐助に紹介してからだよ。今週以内には、同棲を始める。」
「…待てよ、なまえちゃんは女子高生なんだろ?」
眉を顰めた彼は俺とドールのなまえを交互に見つめ、身を乗り出してそう問いかけた
女子高生なのか、女子高生じゃないのか
そんなの、全然問題にならない
今学期が終われば彼女は学校に行かなくなり、自宅を出るのだから
全てを捨てさせ、ずっと俺の手元に置いておくんだ
「…実はさ、なまえの親って酷いネグレクトなんだよ。だから、俺が預からなきゃ大変な事になる。」
「マジかよ…そりゃそんな状況なら、お前に依存するのも無理は無いな。」
「でも別に、俺は同情してるわけじゃないよ。なまえが好きだから自分から提案したし、なまえが嫌だと首を横に振っても此処で預かる。」
「まぁお前がそこまで言うなら俺様も意見はしないけど…何かあれば、頼ってくれよ。」
「ありがと。」
彼を頼る日は、一生訪れない
あるとしたら俺のアリバイ工作とか、俺の保身の為に役立ってもらうくらい
事情は全て伏せたまま、俺に良い状況を作ってもらうしかない
こんな俺の本音を知ったら彼はどんな表情を見せ、何て言うだろう
ずっと友人として接して来た俺の裏切りを知り、傷付いた彼の反応が見てみたい
「今日は午後からなまえの家具や服を買いに行って、部屋の模様替えをするんだ。それがとっても楽しみで、ワクワクする。」
「ほんと、ベタ惚れだよなぁ…もしかして、今もまた会ってた、とか?」
「よっぽど俺が居なくて寂しかったらしくてね、着信が沢山入ってたんだ。こればっかりは、無視出来ないよ。俺も彼女に会いたいと思っていたから、嬉しいけどね。」
「それを聞いたら、お前を狙っていた連中が泣くだろうな。」
「…益々鬱陶しいだけなのに。」
自慢じゃないが、俺はそれなりに女にモテる
だからって手当たり次第手を出すわけでもないし、俺が相手に熱を上げる事も無い
厄介な事情があり、生身の女が苦手だからだ
唯一自分から強く惹かれ、手に入れようとしたのはなまえが初めて
初めて彼女と出会った日の自分の行動を改めて考えると我ながら凄いと舌を巻き、苦笑が漏れる
勝手にメールの転送先の設定を変え、嘘まで言って住所等の個人情報を手に入れた
バッグの中からは学生手帳を盗み、拾ったかのように返してあげたのは駅で出会った時
きっと彼女は自分が落としたのだと思い、暫く俺が預かっていたとは知らない
「あ、そろそろ帰るわ。参考書はまた大学で返すよ。遅くに悪かったな。」
「いや、良いよ。じゃあ、また大学で。」
ゴミを袋へと詰めた彼は立ち上がり、部屋の隅に置いてある本棚へと向かった
そこから一冊の参考書を手に取り、椅子の背もたれにかけていたコートを着て廊下へと出る
それを俺は見送ろうとしないで椅子に背を預け、一人きりの空間でクスクスと笑う
もう少しで、彼女が手に入る
ドールと違ってその瞳に俺を映し、俺の名を呼ぶあの愛しい彼女が手に入るのだ
最初はただ見ているだけで良かったのに、触れたい衝動を抑えきれなかった
彼女が手に入るまでもう少し、その日は二人で豪華にお祝いをしたい
「ねぇなまえ、もう少しで君が俺のものとなるんだ。」
椅子からソファーへと移動して、なまえを膝の上へと乗せた
見つめた二つのガラスには笑い続ける俺が映り、更に笑い声が大きくなる
彼女には今日もバイトだと嘘を言い、会えないと告げた
本当は彼女を迎え入れる用意があり、吃驚させたいからまだ内緒
彼女の為の部屋を作り、退屈しないように沢山の物を買わなければならない
家具も全て彼女の趣味に合わせて、素敵な空間を作る
一秒でも早く彼女を此処に迎え入れ、俺がどれだけ彼女を愛しているのかを教えてあげたい
「可愛い可愛い、俺だけのお人形さん。」
チュッと口付けた彼女の頬は冷たく、それが何故かおかしくて腹に痛みを覚える程の笑いが出た
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