真相は分からずに
「君には、辛い思いをさせてしまい本当に申し訳ないと思っている。以前は碌に学校へ来ようとしない君を叱ったが、本当は君が通学を疎かにしたくなる気持ちは分かっていた。今更、こんな事を言うのは卑怯だとも分かっているよ。でもなまえ君、君に申し訳ないと思っているのは本当だ。ずっとあのクラスを支えてくれていた君を、こんな形でしか救えなかった自分を恥じてもいる。」

放課後、私は担任に面談室へ呼ばれた

担任以外の教師は居らず、差し出された珈琲の香りが私の緊張を緩ませる

向き合って着席するなり口を開いた担任からは謝罪が申され、私の視線は自分の爪先

謝罪なんて、要らない

明智先生と共にどうしようも出来なかった理由は聞いたんだし、先生達を怨もうとだって思わない

どんな形であれ、先生達は私を助けてくれた

そんな貴重な存在を怨むなんて、誰が出来るだろう

「先生、ありがと。」

伏せていた顔を上げて見つめた先生の表情からは疲労しているのが伝わり、稚拙なお礼一つで見せられた笑顔を綺麗だとも思った

先生は今夜、あの首謀者や他の4人とそれぞれの両親に全員の退学を命じる

一度に5人もの生徒とその両親へ退学を命じるのは、私が思っている以上に大変な作業だろう

あの4人は5時間目の授業が始まる前には放送で職員室に呼び出され、一度も戻って来ていない

残されたクラスメート達は彼女達の危険なアルバイトがバレたのか、それとも虐めに加勢したから呼び出されたのか、ならば私達も何れは呼び出されてしまうのか

そんな話題でお喋りを止めず、私への媚売りも続行

放課後までその最悪な状態が続き、私の疲労は先生に負けないくらいのものだ

「パソコン室で現行犯として彼女はこの場に連行され、僕と一対一で話し合った。その際に彼女は今回の事について、確かにやり過ぎたかも知れないが、自分は間違っていないとしつこく主張したんだ。趣味で持っているサイトでこの学校に通う生徒と知り合い、親しくなるにつれて相手が相談して来たらしい。自分の彼氏が、君に取られたと。でもその人物は自分で仕返しを出来る程強い人間じゃあないから、自分が相手の代わりに君へ制裁を与えた、とね。御丁寧にその相手からのメールも見せてもらって、失笑しそうになったよ。文体は全て彼女のブログのものと酷似していて、特徴的な顔文字だって彼女がブログで頻繁するものと一致。初めて受信したらしいメールには相手のサイトのURLがあって、試しに飛ぼうとしてもエラー。つまり、実在しない。しかも、そのURLは…あぁ、なまえ君は、アカウントって知ってるかな。」

「えーっと…登録しているサイトにログインする…何でしたっけ。」

「ログインする際にパスワードと共に打ち込むIDとでも言えば良いのかな。そのパスワードとアカウントはね、サイトを立ち上げる前に作るものなんだ。そして、アカウントはURLの中に加わる。」

「あ、なんとなく分かります。」

「彼女が所持しているサイトのURLは後々君が見てしまわないように詳しくは言えないけれど、大好きなバンドの曲名をアルファベッドで並べているんだよ。そして、その実在しない人物のサイトのURLは同じ曲名をアルファベッドで並べ、その次にドラムの誕生日。ちなみに、彼女はそのバンドのドラムが大好きだ。最後に、その人物はこの学校の何年生なのか、どの科に居るのか、何という名前なのか、それすら知らないとも言う。さてなまえ君、この条件で彼女の発言を信用出来るかい?」

「できませーん。」

難しい話で少しだけ頭が混乱するけれど、大まかには理解出来る

彼女は自分の行いがバレてしまった時の為に、保険として自作自演のメールを作っていたのだ

だけど文体や顔文字と相手のサイトのURL、それらから自作自演であるとすぐに読み取れる

相手について知らないんじゃない、元々そんな人物が存在しないのだから知らないと言うしかないだけ

発言を信用出来なくて当然、出来ると言えるのは馬鹿な彼女の、馬鹿な保護者くらいだろう

「これだけで、充分彼女の自作自演だと分かるだろう?でも彼女は違うと否定してね、確かにその人物は存在すると言う。じゃあそれを証明して欲しいと僕が言えば、携帯電話で相手のブログを検索し始めた。ブログそのもののタイトルがちょっと個性的で、ヒットしたのは一件だけ。彼女はそのブログを見つけた途端これがその人物のブログだと喜んで、僕に堂々と見せつけた。」

「…じゃあ、やっぱり自作自演じゃなくて、実在していたんですか?」

「いいや。そのブログにはそのブログの持ち主のサイトへのリンクがあって、URLは彼女が作ったとは思えないくらいに可愛いものだった。だから、一応行ってはみたよ。一応ね。エラーにもならず、きちんとサイトはあった。此処からは新幹線でも片道3時間はかかる場所にある、他県の高校へ通う女子高生のサイトが。」

「すみません、ちょっと頭が混乱して来ました。」

「僕にもさっぱりだよ。彼女は確かにこのブログの人物と接触をしていたと言うのに、いざその人物のサイトへ行けば全くの別人だとも言う。あれは言い訳をすればするだけボロが出て、錯乱してしまったんだろうね。聞くに堪えないから、もう黙りなさいとしか言えなかったよ。」

「…お疲れ様です。」

次の話は、全く理解出来なかった

だからこれ以上頭が混乱する前に考えるのを止め、結局は自作自演なのだと結論を出した

以前から私は彼女が馬鹿だと知っていていたが、ここまで馬鹿だとは予想外

自作自演をしてまで自分の立場を良くしようとするなら、もう少し頭を使えば良いのに

まぁ、スッカラカンな頭じゃ使おうにも使えないか

「…あの5人は今、何処に居るんですか?」

「彼女達なら生徒指導の部長直々に指導室で説教を受けているよ。虐めの件もあるけど、先ずは喫煙に禁酒、そしてコンパニオンでのバイトについての説教さ。」

「コンパニオンのバイトって、煙草やお酒と同じでブログにあったんですか?」

「それは本人達が自白したよ。自分達4人は、彼女に脅されて仕方が無く働いた、とね。」

「って事は、怒られるのはあの子だけ?」

「まさか。働こうと決めたのは、美味しい時給に釣られた自分達なんだろう?」

「…学校に、盗聴器でも設置されているの?」

「クラスの子が密告しただけだよ。彼女達はコンパニオンだなんてバイトをして、そこで良からぬ連中との繋がりを持った。そして、自分達が君を虐めたのは、あの子から自分に従わなければその連中に襲わせる、そう脅されたからだと。」

「みーんなで責任を押し付け合って…私、やっぱり皆を好きになれない。あ、かすがは別です。」

私の発言に先生は頷き、疲れたように溜息を吐いた

これからもっともっと疲労するような事があるのに、倒れないかが心配だ

その疲労を少しでも減らせるのなら、私に出来る事は何だってしてあげたい

先生は私を助けてくれたんだし、本気で心配してくれた

恩返しとして、私に何が出来るだろうか

「今夜7時に彼女達の保護者と僕や生徒指導の部長が校長室に集まり、何故退学となるのかの説明から始まって、証拠品の提示と、校長の説教だ。それからは退学届を記入してもらい、此方が受理をすれば全てが終わる。他の皆には事実を伏せたまま、退学となった理由は虐めだと言わせてもらうよ。その方が、今後のクラスの為にもなるからね。」

「それ、私への媚売りが酷くなりそうな気がします。」

「君なら、良いように扱えるんじゃないかい?」

「…先生って、実は腹黒?」

「それは、君の判断に任せるよ。」

お好きに、そう続けた先生は珍しくもウィンクをしてみせた

先生は私にとって、正義の味方

それなのに、ちょっとだけ悪者っぽくも思えるから笑ってしまう

先生の言う通り、虐めが原因で退学となったと聞けば皆は危機感を抱いて二度と同じ過ちを繰り返さない

今回の私に対する虐めに加担したのは脅され、仕方が無く

とは言え虐めは虐め、処分されないようにと私へ媚を売り続けるのは明らかだ

私が先生に他の皆からも虐めらた、そう口外せぬように

「先生は、私が居酒屋でバイトした事を黙ってくれる条件として、今後のクラスを任してくれましたよね。」

「現状からして、君には酷な条件だったね。忘れて良いよ。」

「私、先生には本当に感謝しています。だから、少しでも恩が返せるなら頑張ってみます。」

「…あまり、無理をするんじゃないよ。」

「はぁい。」

これが、今の私に出来る精一杯

自分の為ってのもあるけど、先ずは先生の為

また同じような事が起きると先生は上から指導不足だと言われ、何らかの処分を受ける可能性がある

先生が悪いわけじゃあないのに、それはあんまりだ

そうならないように私へ媚を売り続ける連中を利用して、平和なクラスを作ってやる

皆が腹の奥で私をどう思っているのか、なんてのはどうでも良い

問題の無い、平和なクラスが出来さえすれば先生が無意味に上から叱られずに済むのだから

「…忙しいって、本当なのかな。」

切りの良いところで先生との面談は終わって、私は下校するようにと言われた

下駄箱には私の靴と、あの5人の靴しか残っていない

上履きから靴に履き替えて外に出ると少しだけ外は暗く、沈みかけた夕陽に感傷的な気分になる

歩きながら開いた携帯電話には沢山の受信メールがあり、全てクラスメートからの物

一通も、小太郎からのメールが来ていない

「何が、忙しいのかな。」

忙しいから、そう言って彼は私との電話をプツリと切った

それからは私が何度謝罪のメールを送ろうと反応が無く、無視されているような気もする

本当は忙しくなくて、私を嫌ってしまったのかも知れない

掲示板の事だけじゃなく、私は居酒屋でのバイトの通報も彼ではないかと疑った

どうして自分が彼を疑い、真相を問い詰めようとしたのか

思い出そうにも、思い出せないから頭が混乱する

確かに分かるのは、私は彼の気持ちを裏切ってしまった事

「なまえ。」

「あ、かすが…待っててくれたの?」

バス停に付けばベンチに腰かける彼女が此方に気付き、名を呼びながら立ち上がった

駆け寄って触れた彼女の掌は冷たく、鼻のてっぺんは真っ赤っか

私が廊下で担任に呼び止められた時、先に帰って良いとは言ったのに

心配して、ずっと待ってくれていたのだろう

「一つ、気になる事があったからな。」

「…気になる事?」

何の事かと私は首を傾げ、気まずそうに視線を泳がせた彼女を見上げた

バス停に居るのは私達二人だけ、そしてバスが来るのは今から30分後

長話になるなら、何処か温かい場所へ移動した方が良い

「お前…本当に、あの男と別れる気はあるのか?」

やっぱり、何処か他所で話し合った方が良さそうだ


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あきゅろす。
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