得た信用と思わぬ本性
「なまえ君、そろそろ起きてくれないかな。」

「………うぁ、今何時ですか。」

随分と深い眠りに落ちてしまった私は誰かに肩を揺さぶられて目覚め、それが担任だと知ってすぐさま上半身を起こした

担任の隣に立つのは明智先生で、急いで寝癖を正そうとした私をクスクスと笑う

僅かに開いたカーテンの向こうは暗く、開いた携帯電話が示す時間は夕方の6時32分

きっともうクラスメートは皆帰宅しているだろうから下校中には誰とも遭遇しないだろうと安心し、次には38件も残された不在着信に吃驚した

全てあの男、時間は5分おきだったり、一時間おきだったりと特に決まってはいない

「なまえ君、君が眠っている間にとんでもない事が起きたよ。」

「…とんでもない事?」

「隣クラスのある男子生徒が君とはこれまでに何度も関係を持ち、君が金さえ払えば身を許してくれると沢山の生徒に言い触らしていた。」

「ち、違う、私…違う!!」

「分かってる。つまり僕が言いたいのは…処罰を受ける生徒が新たに一人加わった、そういう事だよ。」

寝起き一番の報告に私は酷く動揺し、布団を強く掴んで何度も首を左右に振った

彼がどうしてそんな事をするのか、それは私が向けられた気持ちを無碍にした仕返しな気がする

仕返しにしてはたちが悪いなと嫌悪するが、彼もまた処罰を受けるのだと知り安心した

私の敵が次々に姿を消す、これはとても良い傾向にある

人の噂なんてすぐに次の噂で消えてしまい、私へ下心を持って接しようとするアホな男子も居なくなるだろう

「彼も…退学、ですか。」

「僕としては汚点を見つけ次第消したい、そう思っている。でも、これは流石に退学処分には出来ない。せいぜい彼には二週間の停学が下され、充分な反省をしてもらうしかないね。彼がそんな事を沢山の生徒に言い触らしている姿を見つけた先生はすぐにどうしてそんな事をしたのかと問いただしたんだけど…彼はフラれた腹いせ、としか言わない。」

「…昨日の朝、彼女と別れたから次は私が良い、とか言い出して…嫌だから、断った。」

「その腹いせにしては、度が過ぎているとは思わないかい?他に何か、明確な理由があり、それを隠している気がする。それを君が知っているんじゃないかなと思って、尋ねに来た。」

「他に?え、でも………他に、は…。」

彼が私を追い詰めようとする理由を幾ら探しても他に見つからず、うんうんと唸る私へ担任は溜息を一つ

私としてはどうして担任が他にも理由があるのかと疑うのかが不思議で、首を傾げて担任を見上げた

見上げた表情は眉間に深く皺が寄り、私以上に何かあるのではないかと探っている様子

他にあるとしたら、何があるだろうか

昨日の駅での一件を隠したいから私を自主退学に追い詰めようとしている、これは違う

もしも本当にそれが目的ならああも悪びれた様子も無しにケラケラと笑わず、廊下で遭遇した際にアレは全て私の所為だとでも良い、散々な罵倒を浴びせて私を苦しめている

「まぁ、この件に関してはこのくらいにしておこう。彼の担任が今日の7時…もうすぐだね。両親と共に指導室に呼び出していて、停学処分だと言い渡す。彼が嘘デタラメを沢山の生徒に信じ込ませたお陰でとある女子生徒が酷く落ち込み退学しようかと悩んでいる、こう言えば彼の両親は簡単に納得してくれるだろう。」

「次は形となる証拠が無ければ納得しない両親を持つあの子、って事?」

「分かっているね。何れはこうなる日が来るとは覚悟しておいたけど…一度に5人もクラスから退学者が出るとなれば僕の方も上から注意不足だとしてきついお叱りを受けるだろう。でもそれさえ耐えれば暫くはクラスが平和になると願うしかないよ。」

「…暫く?」

「例え彼女が居なくなっても、新たな独裁者が出ないとは限らないだろう?何れは再び誰かが孤立してしまう、なんて事が起きる可能性は充分にある。だからそうならないように君が毎日きちんと学校に通い、クラスの輪が乱れないように努めてくれるのであれば…僕は、あの通報を上に報告しない。」

「…それ、良いんですか?」

「君は学校にあまり来ないし来ても早退遅刻の繰り返し、だけどあの異様なクラスを支えていた貴重な存在だ。これでも、僕は君に感謝している。もっと本音を言うとしたら…正直これから5人も退学処分を行うのは本当に骨の折れる作業でね、他の問題は全力で無視したいんだ。」

「ぶっちゃけ過ぎですよ。」

本音を漏らした担任に私は小さく笑い、明智先生も担任の隣でケラケラと笑った

普段はあまり接しない先生達とこうも本音で語れるとは思ってもいなかったから新鮮に感じ、苦手としていた担任へ好感が持てる

これから平和になるクラスの雰囲気を崩さないように努めれば私には何のお咎め無し、それはとても良い条件だ

自分中心な考えと笑われても結構、皆が保身に走っているように私だって自分を守りたい

首謀者以外の退学者は知らない、だけど誰が残り、誰が消えても私には関係無い

昨日の朝からずっと私を苛め続けているのはかすがを除くクラスメート全員、つまりほぼ全員に裏切られたのだから彼女達が痛い目に合うのは嬉しくて、ざまぁみろと腹の奥で笑ってやった

「先生、私を信用してくれるんですね。」

「短期間でも君は僕から信用を得ようと毎日登校し、虐めを受けている今でもきちんと登校はしている。だから僕は君を信用する、そう決めたよ。例え、君がホームから突き落とされてしまった生徒であってもね。」

「………。」

「君は感情が顔に出る、それを少しは自覚した方が良い。」

「どうしてホームに突き落とされたのか、それを聞いても宜しいですか?」

「その噂を流していた彼の彼女が昨日、私達が駅で喋っている場へ現れて、最初は二人が揉めていたけど…最終的に、私へ怒りの矛先が…。」

「げに恐ろしきは女の嫉妬、ですね。無事で何よりですが…一応、今後も気を付けるように。」

「一応接触を避けようと今朝からバスで…何より、駅員にバレまいと…。」

「そういう事か…どうも最近の生徒は昔に比べて過激な事ばかり、どう対処して良いのかと困るよ。」

「私、どうなるんですか?やっぱりこれも処罰の対象に?」

「言っただろう?僕は今、他の問題は全力で無視したいんだ。だから駅へはそれ相応の処罰を下した、そう連絡しておくよ。どうせ何かしらのルートで我が校から一度に5人もの退学者が出たとは知るだろうから、その中に問題の生徒が居ると勝手に解釈してくれると期待しよう。」

「竹中先生、なまえさんが唖然としてますよ。」

今まで私は担任の性格をとても厳しく、どんな理由があろうとルールはルール―だと言って容赦の無い人だと思っていた

それが今じゃベラベラと想像を絶する発言を並べ続け、大きな問題ですら曖昧な処置をするだけ

だから私は明智先生の指摘したように唖然とし、再び頬を抓った

続いて私の頬を抓って確かな痛みをくれた二人は意地悪く笑い、声を揃えて同じような台詞を発した

「これは内緒だよ。」

「これは内緒ですよ。」

「…痛いですよ、もう。」

私がこの地獄から抜け出せるのも、もう少しの辛抱だ


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あきゅろす。
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