僕の彼女を紹介します
なまえとの電話を終えて短くなった煙草を灰皿へ押し付けると玄関の扉の開く音が聞こえ、暫くしてから見慣れたオレンジがリビングに現れた
大学を抜けてきたらしいその人物の右手にはスーパーのビニール袋が一つあり、キョロキョロと辺りを見渡して換気扇の下で立っている俺を見つけ、いつもの笑顔を浮かべる
「バイトまでの時間、ちょっと場所を提供してよ。」
「良いけど…弁当?」
「俺様の分と差し入れ。のり弁と鮭弁、どちらでも好きなの食って良いよ。」
テーブルの前で歩みを止めた相手の元へ向かえば説明通りの弁当が2つ袋の中から取り出され、数秒悩んで俺はのり弁を選んだ
どうやらその選択は正解、椅子に腰かけて自分の方へ鮭弁を引き寄せた相手の頬が僅かに緩んでいる
正直腹が減っているわけでもないし市販の総菜は嫌い、それでも相手と同じように箸を握ったのはせめてもの礼儀
どうせなら一食分浮いた、得をしたのだと思えば良い
相手の名前は猿飛佐助、高校時代からの付き合いがある友人とも呼べる存在
付き合いが長いからか、唯一俺の趣味を理解してくれて、俺がどういう人間なのかも理解してくれている
俺としても佐助に対してはそれなりに心を開き、信頼もしている
少しお節介な性格が目立ってもそれは性分、慣れてしまった今では特に不満を抱きもしない
同じ大学、しかも同じ専攻となったのはただの偶然
互いに今年の夏には内定を貰い、これまた同じ企業なのもやはり偶然だ
「此処に来るのって、確か二ヶ月ぶりだよな。」
「…多分。」
「雰囲気変わったな。特に、あの子達の。」
「あぁ。一人だけ、名前も付けたんだよ。」
無言での食事が続くかと思えば突然佐助は部屋をグルリと見渡し、ドールの飾られた棚で視線を止めた
最後に彼が此処へ来たのは確かに二カ月前、その時の俺はまだなまえを知らなかったから佐助のその反応は当然だろう
二カ月前までは皆それぞれパーツが違っていたのに今では全てが統一され、違うのは服装のみ
俺が名前を付けたとまで言えば流石に佐助もモデルが居るのだと気付き、ソファーへ腰かけテレビを見つめているなまえへと視線をやってピクリと頬を動かした
モデルはその名の持ち主のなまえ、早く彼女へこの子達を紹介してあげたいけれどそれはまだまだ叶いそうにない
「何処かで見覚えがあるような…。」
「それ、俺の彼女。」
「は!?マジで!?お前に!?彼女!?」
「居ちゃ悪い?」
「悪くは無いけど…ドール一筋のお前に人間の彼女が出来るなんて…しかも女子高生、か。」
ついには立ち上がってソファーへ駆け寄った佐助はドールをマジマジと見下ろしながら頭を抱え、そのモデルとなった人物を記憶の中から探り始める
佐助と彼女が対面したのは一度だけ、わりと最近の出来事なので記憶の中にはまだ残っているようだ
ドールが着ているのは彼女と同じ学校の制服、だから佐助も一目で相手が女子高生だと気付けた
そのモデルとなった人物が俺の彼女だと言うと佐助は酷く驚いた表情をし、次にはなんとなく羨ましそうな表情を浮かべる
佐助の言う通り今までの俺はドール一筋で、生きている人間の女に興味を抱いた事なんて一度も無い
かと言って同性にも興味無し、ただ自分好みの姿になってくれるドールさえ居てくれれば他はどうでも良かっただけ
なんて自分の世界観はなまえと初めて出会ったあの日に一変され、私生活すら大きく変わった
未だにドールを見続ける佐助から視線を反らして壁に掛けているカレンダーに目をやると彼女と出会ってからの期間がまだ一ヶ月も経っていないのだと気付き、充実した毎日に自然と頬が緩む
「手を出さないって約束出来るなら、紹介しても良いけど。」
「友人の彼女に手を出す程飢えて無いっての!!って言うか、マジで?」
「近い内にでも、佐助のバイト帰りに何処かで待ち合わせしようか。」
「うっわ、俺様超嬉しいかも。あ、でも勝手にそんな事決めて大丈夫なのかよ。」
「なまえは俺のお願いを断らない。」
「そりゃまた随分とお熱いようで…。」
佐助になら彼女を紹介しても良いし、彼女が俺のお願いを断らないのは当たり前
例え一度は首を横に振っても最終的に従わせるのはとても簡単、全ては俺の思い通りとなる
あんな妙な男と親しくしていたのに俺が親しくするなと言えば距離を置くようになり、今朝は奴と共に登校するのでは無く電車を利用し、その途中に車内で遭遇した同性の友人と仲良く登校
俺以外の人間が彼女と親しくするのは正直酷く不満、けれど相手が同性の内はまだ少しは許せる
どうせ何れは縁の切れる存在、その日が来るまで暫くは友人としての関係を黙認してあげよう
「あ、それ…ちょうだい。」
「またかよ。この前のは?」
「もう使った。」
「捨てずに取っとけよな…ほら。」
俺がそれに指差せば佐助はきょとんと不思議そうな顔を見せ、続いて掌を広げて要求すると渋々とそれを俺に手渡した
手渡されたのは中身の無い魚の形をした醤油入れ、前回もまた佐助から貰ったけれどあれは蓋を噛み千切ってしまい、再利用出来ないと判断して帰宅途中にコンビニのゴミ箱へ破棄している
再びこれを必要としたのは念の為、実際に中身はただの水道水でも彼女は勝手にドラッグだと勘違いをしてくれるだろう
勘違いされるのは好都合、そうなれば彼女は必死に俺の指示に従うのだから使わずにはいられない
こんな何処にでもある醤油入れ一つで彼女は俺の思い通り、全てを終えた後に事実を告げたとしたら彼女がどんな表情を見せてくれるのかが気になる
「分かった。どうせ彼女に弁当でも作ってやってんだろ。」
「当たらずと雖も遠からず、かな。」
「へいへい。俺様に紹介してくれる時だけは、目の前でイチャイチャするのは禁止な。」
「どうだろう。自信無いかも。」
多分無理、とまで続けると苛立った佐助は俺の弁当から唐揚げを勝手に奪い、パクリとそれを頬張った
惚気染みた発言をした俺への仕返しでも気にはならないから俺はオカズの減った弁当から視線を教育番組に夢中になっているドールの背に向け、だらしなく緩んだ頬を隠すように口元を掌で覆い小さく咳を繰り返す
自分の彼女を友人に自慢するなんて事が、こんなにも待ち遠しく思えるなんて予想外だ
『絶対に見覚えがあるんだけどなぁ。』
『何処だろうね。』
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