問題児に飴と鞭を
いつもなら友人と何処かへ出かけている筈の日曜日、私は前日の出来事を原因に一歩も外に出なかった

自室に引き籠ったまま膝を抱え、始終携帯電話と睨めっこをしていただけ

どうせあの男は今日も私に何らかのアクションを起こすのだろうと思っていたが相手からの連絡は一切無く、自宅の前に不審な男が立っているような事も無かった

一日中自室に引き籠り食事すらしない私を両親は心配したがダイエット中だと言えば納得してしまい、私の異変にはまだ気付いていない

それを悲しく思いつつも安心してしまうなんて矛盾した気持ちを抱えて迎えた月曜日、久しぶりの電車通学妙に新鮮に思えた

学生の多い車内であちこちを見渡してもあの派手な赤い頭は見つからず、キョロキョロとしている内に見つけたのはかすがの姿だ

「誰にも頼らない…それは、私も、という事か。」

「皆を危ない目に合わせたくないんだもん。」

「…納得出来ない。」

「納得してよー。」

二人で座席へ座ってから小声で今後の対策を告げた私に彼女はすぐさま不機嫌を露わにし、フンと鼻を鳴らした

告げたのは誰にも頼らず自分だけで解決する、これだけで一昨日の出来事は未報告

言ってしまえば必ず彼女は激怒して今すぐにでも警察へ行こうと言い、私の腕を掴むだろう

そうさせない為にもアレは私だけの秘密、頭部に残ったコブだって二日も経てば大分痛みが和らいだのだから気にする程でもない

何があっても今後は皆に『何も無い。』と嘘を口にして、タイミングを見計らって『解決したよ。』と嘘を重ねるのが得策

問題が残ったままだと皆を心配させ、何れは警察への相談を強いられてしまうのだからこうした方が良い

「おっはよーう。」

「どうしたの?豪く元気じゃん。」

「私には空元気に見えるけどな。」

そのまま二人で登校して教室へ入ると既に何名もの生徒が登校していて、開口一番に元気な挨拶をした私を皆がクスクスと笑う

唯一厳しい発言を口にするのはかすが、どうやら私が無理をしているのだとは既にお気付きのようだ

けれど聞こえなかったフリをして私は少しだけ早歩きで自分の席へと向かい、机への上へ鞄を置き、椅子へ腰かけてから大きな欠伸を漏らした

今日は完全な睡眠不足、きっと一時間目から睡眠学習となるに違いない

だったら最初からベッドのある保健室へ行こうかとも迷うが今はそれすら面倒に思え、このまま突っ伏してすぐにでも眠りたい気分

「げっ。何あれ。」

「あ、やぁっと気付いた。」

「ねぇなまえ、今回は何をしたの?」

机の下で足をブラブラとさせて時計を見上げると朝のHRが始まるまでにはまだ10分あり、その視線を真っ直ぐに下した先にある黒板に私の眠気を妨げる文章を見つけた

綴られている文字は短く『登校次第、なまえ君は職員室へ。』、明らかに担任からの御呼び出しのメッセージだ

私より先にそのメッセージに気付いていた友人達は私に何をしたのだと問い詰め、何も思い当たる節の無い私は首を横に振る

遅刻・早退・欠席チャンピオンと名高い私ではあるが最近は真面目に出席していたし、問題となるような行動はとっていない

ならば何故担任は私を呼んでいるのか…まさかバイトがバレた?

いいや、だとしたら呼び出されるのはかすがとみぃちゃんも同時に呼ばれるだろう

仕方が無い、別校舎にある職員室へと向かうのは面倒だと分かっていてもこればかりは逆らえない

「失礼しまーす。囚人番号8番、なまえです。」

「正しくは出席番号、だね。職員室の中でくらいまともな口をきいてくれないかな。」

皆に応援されて渋々と職員室へ行くと担任の竹中先生は椅子をクルリと回転させ、ニッコリと微笑んだ

微笑みながらのお説教、慣れてはいるがどうも今日は普段と様子が違う

何がバレてしまったのだろうと内心焦り、居た堪れずに爪先で何度も床を鳴らしてしまう

授業中の飲食、これは今に始まった事じゃあないし皆もしている事なのでわざわざ私だけがお説教ってのは有り得ない

煙草の購入がバレた…これは、覚悟しておこうか

「なまえ君、これに見覚えは?」

「………。」

ようやく本題へはいった先生はデスクの上へ置かれていた紙袋を私に手渡し、先程よりも笑みを深めさせた

両手でそれを受け取って中身を確認するといつぞやのお弁当箱があり、皺だらけのハンカチも同封されている

これは確かに捨てた筈なのにどうして此処にあり、先生は私が捨てたのだと気付いたのだろう

捨てたのは授業中、目撃者が居たとは考えられない

「清掃中の生徒がゴミ箱の中でそれを見つけ、自分の担任へ報告したらしい。」

「…はぁ。」

「僕達教師はそれが捨てられた理由を考え、ある一つの答えを出した。」

「何ですか?」

「これは、虐めによって捨てられた物だと。」

「…それで、その虐めっ子が私という結論に?」

「まさか。面倒事を嫌う君が自ら加害者になるとは思えないよ。」

「そりゃどうも。」

「これを囲んで皆で話し合っている途中、偶然訪れた事務員がこんな事を言ったんだ。『あら、これは竹中先生のクラスに居るなまえさんのお弁当箱ですよ。』ってね。しかも聞いた話によると君の兄だと偽った人物が届けたらしいじゃないか。ここまで言えば、僕が何に対して怒っているのかを君も理解出来るだろう。」

「…先ず、お弁当箱を学校内で勝手に捨てた。そして、学校外での親しい人物を兄と偽らせて自分の忘れたお弁を届けさせた…そう仰りたいのですか。」

「まぁ、80点ってところだね。」

続けて『中々の高得点だよ。』と皮肉を並べた先生は人差し指に癖のある毛先をクルクルと絡め、何も言わずに私を見上げた

珍しく本気で御立腹の御様子…でも出来るならば一つだけ訂正させて頂きたい

このお弁当箱は私が届けさせたのでは無く、私の知らない誰かが私の兄と偽り、勝手に届けただけだ

紙コップ専用のゴミ箱へ捨ててしまったのは反省すべきでも、デリバリーに対する反省は不必要

兄と偽ってまで敷地内へ入りこれを届けたのはきっとあの男、でも断言出来ないのは事務員さんから告げられた相手の容姿が全く違うから

あの男は真っ赤な長髪、それでいて爽やかと称すには程遠い

それに比べて面識のない配達人は黒髪の短髪、そして爽やか

犯人はあの男の共犯者、あるいは全く関係の無い新たなストーカー

…どちらとも最悪、私としては配達人が自分の妹の学校を間違えたと思いたい

「別に、私は頼んでないし…そもそも、これを届けた人物を知らないんです。」

「ろくに学校に来ないで遊んでいる間に出来た友人じゃあないのかい?」

「ち、違います。本当に知らない、し…信じてくれないんですか?」

「信じて欲しいなら自分の行動を見直すべきだよ。はっきり言って、僕は君を信用出来ない。欠席や遅刻ばかりで、まともに来たと思えばすぐに早退。そして…こんな事は言いたくないけれど君はあの問題児、長曾我部君ととても親しい。友人だと主張すれば周りがすんなりと納得してくれるなんて甘い考えは捨てた方が良い。二人揃って遅刻、欠席、早退、それらを繰り返せば嫌な噂が立っても仕方が無いだろう。彼と親しく無くてもこれまでの欠席、早退の数からして君が街で遊んでいるのではないか、そう考えられる。だから僕はこのお弁当箱を届けた人物が君の良からぬ友人、あるいは恋人だと思っている。」

「…違います。」

時間が迫っているので先生はまともな息継ぎもせずにベラベラと説教を続け、最後に大きな溜息を漏らした

そんな風に私を見ていたなんて酷いと不満を抱きながらも先生の言葉は尤も過ぎて、言い返す言葉も見つからない

早い話が自業自得、ここで相手を責めるのはお門違いだ

信用されていないならそれで良い、今後は先生の言う通りもっときちんと登校し、学生らしく勉学に励もう

あの男が理由で先輩とは暫く関わらないんだし、少し経てば先生は私が改心したと見直してくれるだろう

先生との関わりは二年生に進級してから今日に至るまでの期間、あまり親しくは無いが信用されていないとなるとやはり悲しいと思ってしまう

信用してもらえない、それを悲しむのはこれで三度目だ

一度目は何度私が否定してもバイクを傷付けた犯人へ私が何か酷い事をした、そう疑った両親

二度目は何度私が痴漢の存在を訴えても作り話だと勝手に決め付け、駅員室から私とかすがを追い出したあの駅員

三度目は今、何度私がその人物を知らないと言っても先生は信用してくれない

「今後は真面目に学校に来て、早退せずに最後まできちんと授業を受けたら…私を信用してくれますか?」

「そうだね。その状態が維持されたならば、僕は君を信用出来るだろう。教師が生徒を信用するのは当然の義務でもある。でもその前に君は学生としての義務を果たし、それから自分を信用して欲しいと権利を主張しなさい。」

「…分かりました。」

「ほら、そろそろ時間だ。どうせだから一緒に教室へ向かおう。」

グズッと鼻を啜った私の背を軽く叩いた先生は、少しだけ優しく感じた

『このお弁当箱、捨てても良いですか?』
『学校外なら許可しよう。』


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