代用品に心は無い
少しだけ酔いが残っている体で帰宅してリビングへ行き、ソファーに腰掛けているなまえを抱きかかえ冷たい頬へ唇だけで触れた
深夜だと言うのに彼女の格好はいつものブレザー姿、出かける前にパジャマへ着替えさせるのを忘れていたようだ
「ごめんねなまえ、今着替えさせてあげるから。」
謝罪と共に頭を撫ぜても彼女はいつも通り無反応、それは当り前なので別にどうも思わない
何せ俺が今なまえとして接してるのは、心を持たないドールだから
メイクや瞳の色に髪の毛やと服装、何もかもが俺の思い通りに出来るドールだ
元々それらをコレクションするのが俺の趣味であり、滅多に他人を入れはしないが初めて訪問した人間は部屋中に飾られたドールを見て腰を抜かす
最近だとそのドールの殆どは俺が恋焦がれているなまえの格好となっていて、四方八方を彼女に似せて作ったドールに囲まれた生活を楽しくも思っている
「気持ち悪いって…言われちゃった。」
けれど俺はこんなにも彼女を愛して欲しているのに、彼女は俺を蔑んだ
初めてのバイトを無事に出来るかどうかを心配して店へ行ってあげても警戒され、御褒美として差し出した飲み物は台無し
優しく接しているのに嫌悪丸出しで、作り笑顔一つ見せやしない
更には俺を気持ち悪いとまで言って、完全に拒絶を示した
その出来事を思い出すだけで腹の奥に沸々とした怒りを感じ、たった今着替え終えさせたドールをソファーへと叩きつけて自分もソファーへと移動して膝立ちの状態でそれを見下ろした
「ねぇ、なまえ…嘘、だよね?」
「俺の事…本当は好き、だよね?」
「ねぇ、なまえ?」
唯一彼女の名前をつけたドールに問いかけても返事は来ず、そのか細い首を親指と人差し指で強く掴んでみた
30センチとないサイズなので首も小さく、両手で握り潰す事は出来ない
そしてやっぱり所詮は代用品、幾ら彼女と似せて作っても無反応のまま大きな瞳で俺を見つめる
実際に彼女の首に両手をかけたらどうなるだろう、壊したいとは思わないけれど苦しむ表情を見たいとは思う
今首を絞めているのは彼女の代用品となっているドール、このまま握り潰したとしてもその表情は変わらない
彼女と出会う前まではドールが自分の全てだと確信していたのに、今じゃ彼女が何よりもの存在だ
こんなにも俺を自分に惹き付けておきながら彼女は知らんぷり、こんなのはアンフェアだ
「…ごめんね、苦しかった?」
「今日はもう疲れたから…寝ようか。」
怒りに我を忘れたのはほんの一瞬、すぐに掴み続けていた首から指を離してシャワーも浴びずに彼女を片手に抱えたまま寝室へと向かった
ベッドの上にあるのは俺の枕が一つと、手に抱えている彼女の為に自分で作った小さな枕が一つ
ドールではなく本当の、人間のなまえを此処に招待出来るのはいつになるだろう
この部屋にあるドールを見ればどれだけ俺が彼女を愛しているかを理解してもらえて、二度と俺へ反抗的な態度をみせなくなる筈
だとしたら一日でも早く此処へ彼女を招き、二人だけでの生活を始めたい
朝に弱い彼女を起こすのは俺の役目で、寝付きの悪い彼女を寝かしつけるのだって俺の役目
彼女の為に何でも俺がしてあげて、彼女はわざわざ嫌いな学校へ行かずに俺の帰りを待ち続けていたらそれで良い
ずっとこの部屋で俺を待ち続け、俺だけにあの幼い笑顔を向けてさえくれれば俺はそれだけで凄く幸せになれるんだ
夢にまで見た彼女との同棲、現実化させる為にも早く良い方法を考えなくてはならない
「なまえ、おやすみ。」
隣へ寝かせた彼女の頬へ口付けて瞼を閉じた後、暗くなった視界で俺の平手打ちにより脅えた表情を見せた彼女の姿が浮かんで頬が緩んだ
(あの表情…癖になるかも。)
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