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 「――!」


 玄関から人の気配を感じ、私は素速く包丁で右手の人差し指の先を裂いた。



 一度、瞼を閉じ、それからゆっくりと開く――。



 視界が淡い紫色に染まる。



 それから、玄関の方へと移動し、その時が来るのを待った。




 カチャリと鍵が開く音がし、ドアが開かれる。





 「ただいま、――」




 そして、目の前に、愛しい男の姿が現れた。





 私の姿を目にして、驚いたように見開かれた漆黒の瞳――。


 その瞳が私を捉えた瞬間から、吾端は動けない。


 霊力の強い吾端は、私の眼のチカラの影響を受けるから――。




 「……すまなかったな、吾端…」



 ――お前を、巻き込んで――。



 「…でも、もう大丈夫だ。 お前は二度と私に触れようとは思わないから…」



 ――そして、私も触れないから。



 「…いつか、結婚…するんだろう? …あの彼女と」



 いくたまどか、と名乗った、可愛らしい女性――。


 きっと、吾端の良き伴侶となれるだろう…。




 ――私と違って――。



 「……だから、許して欲しい――」




 零れ落ちる一滴の涙は、何の涙なのか――。



 罪悪感からか、それとも――。




 ……どうだっていい。


 どちらにせよ、もう後戻りは出来ないのだから――。





 ゆっくりと手を伸ばすと、吾端の額に触れ、私はそこに印を刻む。






 ――そして、私と出逢ってからの吾端の記憶の中から、


 私との“不必要な接触”の記憶だけを選び…





 それを、封印する――。







 ――まずは、出逢った翌日の、出て行こうとした私を引き留めた、優しい口付け…。




 ――次は、初めての親子丼に戸惑う私に、自ら掬って食べさせてくれたこと。


 その後、額を合わせて囁いた甘い言葉も…。



 お前には何でもないことだったかもしれないけど…、あれだって十分に私の心を動かすだけの威力はあったんだぞ…。




 ――それから、


 “亡き者”を封じた後、言ってくれた言葉と…深い、口付け…。





 「……っ、…ぅ…―」




 ぽたりと、床に頬を伝った雫が落ちる――。




 駄目だ、泣いては――。


 私は左手で涙を拭うと、再び集中する。





 ――…最後は…、



 今朝の、朝食時の出来事と、その後に交わした



 “最後のキス”――。




 「…本当に、最後になっちゃったな…」



 小さく自嘲も込めた苦笑を浮かべると、私は畳み掛けるようにそれらの記憶を封じた。



 私の血の“封じる能力”には、こういうものも含まれる。



 …残念ながら、自分自身には使えないけれど――。





 全てが終わると、私は今のこの瞬間の吾端の記憶も封じ、吾端を玄関の外に残したままドアを閉めた。







 ――そして、瞼を閉じて、元に戻す。




 

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