2 そこでようやく、その言葉が自分に対してのものなのだと理解した。 『うわあああぁぁ…ッ!!』 男はよろけながら立ち上がると、私に向かってナイフを振り上げた。 男の血走った双眸に浮かぶのは、恐怖と嫌悪――。 ――それが、この姿の私に冠されたものなのか――。 ――ザンッ!! 振り下ろされたナイフは私の姿を捕らえることはなく。 今の私にとってはスローモーションでしかない男の動きを軽く躱し、ゆるりと背後へと回る。 男の眼には私が瞬時に消えたように見えたようで、焦った様子で辺りを忙しなく見回していた。 『ここだ』 背後から聴こえた声に、男の肩がびくりと揺れる。 振り返った男の瞳には、恐怖の他にそれに伴う涙までも滲んでいた。 ――けれど、それもほんの一瞬のこと。 刹那、私は男の持っていたナイフに指先を滑らせると、吹き出た血で印を刻む。 そして、朱光に輝くそれを男の額に翳した――。 数秒後―、男は意識を失ってその場に倒れ込んだ。 後は、屋敷に戻って人を呼び、男は彼等によって運び出された。 そして、私はいつものように、失った血と霊力を補給するための儀式に入った。 いつものように、いつも通りに――。 ――しかし、その時から私の中で“私”は“当たり前”ではなくなっていた。 当たり前だと思っていたことが異質だったと気付かされた私は、これまで見えなかったもの――、見ようとしなかったものにも気付いた。 ――私は、普通ではない――。 それは、この異質な一族にあってなお際立っていた。 ……少しずつ、私の中で何かが壊れ、何かが変わっていった。 ―――そして、 それに耐えきれなくなったある晩、 私は、家を出た――。 [*前へ][次へ#] [戻る] |