[通常モード] [URL送信]





 そこでようやく、その言葉が自分に対してのものなのだと理解した。




 『うわあああぁぁ…ッ!!』



 男はよろけながら立ち上がると、私に向かってナイフを振り上げた。



 男の血走った双眸に浮かぶのは、恐怖と嫌悪――。





 ――それが、この姿の私に冠されたものなのか――。





   ――ザンッ!!






 振り下ろされたナイフは私の姿を捕らえることはなく。



 今の私にとってはスローモーションでしかない男の動きを軽く躱し、ゆるりと背後へと回る。



 男の眼には私が瞬時に消えたように見えたようで、焦った様子で辺りを忙しなく見回していた。




 『ここだ』




 背後から聴こえた声に、男の肩がびくりと揺れる。



 振り返った男の瞳には、恐怖の他にそれに伴う涙までも滲んでいた。




 ――けれど、それもほんの一瞬のこと。



 刹那、私は男の持っていたナイフに指先を滑らせると、吹き出た血で印を刻む。



 そして、朱光に輝くそれを男の額に翳した――。






 数秒後―、男は意識を失ってその場に倒れ込んだ。



 後は、屋敷に戻って人を呼び、男は彼等によって運び出された。





 そして、私はいつものように、失った血と霊力を補給するための儀式に入った。




 いつものように、いつも通りに――。





 ――しかし、その時から私の中で“私”は“当たり前”ではなくなっていた。



 当たり前だと思っていたことが異質だったと気付かされた私は、これまで見えなかったもの――、見ようとしなかったものにも気付いた。




 ――私は、普通ではない――。




 それは、この異質な一族にあってなお際立っていた。




 ……少しずつ、私の中で何かが壊れ、何かが変わっていった。






 ―――そして、




 それに耐えきれなくなったある晩、






 私は、家を出た――。





 

[*前へ][次へ#]

2/13ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!