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 ――それは、不思議な光景だった。

 その少女は背後に輝く満月の光に照らされ、明るい闇の中をフラフラと歩いていた。

 細い肢体を白い質素なワンピースに包んだ少女は、腰まである長く美しい深紅の髪を揺らし、覚束ない足取りでただ前へ前へと進んでいる。

 その姿は、まるで夢遊病者のそれのようで、もしくは、死にきれない死者のさ迷う姿のようで、美しさの中に言い知れない妖しさを湛えていた。


 …俺、そんなに酔ってたっけ?

 その姿をぼんやりと、けれどどこか惹きつけられたように見つめていた吾端(アヅマ)は、身の丈190センチを越える自身の体内にほんのりと残る酒を思った。

 今晩はとても見事な月夜で、春の気配を漂わせ始めた柔らかな夜気に誘われたのもあり、美しく輝く満月を肴に美味い酒でも飲んで仕事の疲れを癒やすのもいいだろうと、近くの居酒屋で呑んできた帰りなのだ。

 いくらかほろ酔いではあるが、遠目の利く自慢の視力に"怪しげな者"を視てしまう程には酔ってはいないはずだ。


 だとすると、これは――。


 そう思って吾端が焦点を少女に合わせた瞬間――


 ――ザンッ



「――ッ!?」


 それは一瞬だった。

 呼吸さえも許されない程の素速さで、吾端の眼は少女の輝く瞳を視界一杯に捉えた。

 否、吾端の眼が捉えたのではない。

 少女の瞳が、吾端を"捕らえた"のだ。

 吾端は見開いたその抜群の視力を誇る眼で、少女を間近に捉えていた。

 鼻先が触れるか触れないかのぎりぎりの距離で。


 吾端の背中にひやりとした物が伝う。それが自らの流す汗だと、数秒遅れて思い当たる。


 …な、何なんだ、こいつは…──。


 吾端の眼が少女をぼんやりと見ていた時、確かにこの少女は吾端から数十メートルは離れた場所に居た。

 それが今は、ほんの一瞬にして間合いを詰められ、文字通り眼と鼻の先へと移動しているのだ。


 ごくり


 言い得ぬ緊張から、吾端はその喉を鳴らす。

 それに応えるかのように、少女が凜とした声を発した。


「…お前、酒の匂いがする」


 吾端は、少女の紫に輝く異質な瞳に捕らえられたまま、もう一度喉を鳴らした──。


 

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