ルダス
王子さまはガラスの靴を探す
「ねぇ、このクラスに白井さんっているよね?どの子?」
その一声にクラスが凍りついた。
あるものはその場で倒れ、またあるものは震える手で写メを撮り、窓から逃走を図るものまで現れた。
そんななか、私はおやつのチョコバーを噛み砕いた。
「ちょっと、綾子、アンタ呼ばれてるわよ」
「えっ、私?」
「白井はこのクラスにアンタだけでしょうが」
そっかー私、オイカワサーンに呼ばれてるのか〜。
……
……
……え?
「ええっ!?」
「ほら、早く行きなさい!」
由梨花ちゃんに背中を押されてキョロキョロしていたオイカワサーンの前に立たされる。
「ん?きみが白井さん?」
「ウィッス私はクソ川ファンクラブNo.39の白井でっす!」
「ああ、ファンクラブ入ってるんだ……、って、待って今、クソ川って言った?」
「はい!――痛い!」
元気よく返事をしたら、後ろに立っていた由梨花ちゃんが水筒で私の頭を殴った。
ひどい!
「なんで殴るの由梨花ちゃん!」
「あんたが馬鹿だからよ。……すみません、及川先輩。この子バカなんで……」
「あ、う、うん、それはいいけどさ、今、水筒で殴ったよね?しかも思いっきり振りかぶって。ねぇ、痛くないの?」
及川さんが心配そうに私の頭を指差す。
きゃっ、クソ川に心配なんかされちゃったよ!やったね!
「全然痛くないです!」
「あ、そうなの。それなら、うん、いいけどさ……」
「それで、クソ川さんは私になんのご用ですか?」
及川さんにそう尋ねた私を、再び水筒で殴ろうとした由梨花ちゃんの腕を取り抑える。
及川さんはそんななかむつまじい私たちを見て、二人の世界に立ち入ってはいけないと思ったのか、一歩後ずさりした。
「えっと、俺のことクソ川クソ川言ってる女の子がいるって聞いたから、振った女の子が悪い噂流してるのかな、って思ったんだけど……」
「なんですか、その女の子!ふられたからって悪い噂を流すなんて!」
及川さんはモテるのが当然なのだ。そしてモテる男は選択の権利があるのだ。
それを振られたからって悪い噂を流すなんて、絶対に間違ってる!
「いや、うん、そう思ったんだけど違ったみたい」
「そうなんですか?」
「うん……俺のことクソ川クソ川言ってるのってきみだよね?」
「はい!歌もよく歌ってます!クソ川ークソ川ーくーそーかわわわー!!」
元気よく歌ったらまた由梨花ちゃんに水筒で殴られた。
今度は往復ビンタみたいに三回も。
「すみません及川先輩。この子バカなんです」
「あ〜うん、でも水筒で殴るのはやめようか。君も女の子なんだし」
「大丈夫です間に合ってます」
「何が!?」
なんだか、由梨花ちゃんと及川さんがいい雰囲気。
由梨花ちゃんは及川さんと仲のいい岩ちゃん先輩にちょっと似てるところがあるからなー。
相性はいいのかもしれない。
「うん、なんで俺のことクソ川って言うか聞いてもいい?」
「及川さんがクソ川だからです」
「いや、俺は及川徹だよ?」
そこで私はハッと気づいてしまった。
今、私はオイカワサンとクソ川しか言っていない。
だと言うのにわざわざ及川さんは及川徹、とフルネームで名乗った!
この下の名前を強調するシチュエーション!
スマホの乙女ゲームでやったことある……!!
つまり、及川さんは私に下の名前で呼んで欲しいのか!
「と、……徹さん?」
「いきなりどうしたの」
「と、……クソるさん?」
「なんでそうなるの」
ガックリと肩を落とした及川さんに首を傾げる。
その時、ゆらりと何かが視界の端で動いた、と思ったら由梨花ちゃんに椅子で頭を殴られた。
「すみません及川先輩、この子バカなんです」
「待って椅子はまずい」
「でもこの子及川先輩のことが好きなんです試合も最前列で応援するくらいなんですただバカなんです」
なんか由梨花ちゃんが必死だ。
ここは私も援護しなければ!
「そうなんですクソ川さん!私、バカなんです!」
「……よく見たら、確かにきみ、応援に来てくれてた子だね。まさかこんな子だとは思わなかったけど」
そう言ったクソ川さんは何かを考えるかのように明後日の方向を見つめはじめた。
その間に私は由梨花ちゃんに引っ張られて耳打ちされる。
「いい?アンタは馬鹿だから私の言う通りにしなさい」
「うん、わかった」
「『及川さん、好きです。大ファンです。これからも応援してます』って言いなさい」
「わかった!」
由梨花ちゃんは私より頭がいいから、きっとそれが正しいんだろう。
よし、言うぞ!
「及川さん!」
「なに?白井さん」
「好きです大好きですこれから結婚してくださいクソ川さん!」
きょとんと及川さんが目を丸くする。
そして、すぐに笑い出した。
「ぷっ、あはは、結婚は無理かな〜」
「そんな!」
「でもさ、俺と付き合ってみない?」
「喜んで!」
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