貴方のお蔭で逼塞した畢生に花が咲いた 真っ暗な闇のなか。 誰かに頭を撫でられた気がした。 次に目が覚めると、自分はどこかの建物の中にいた。 慌てて身を起こすと、麻の服も着せられている。 どういうことだろう。 自分は死んだのではなかったのか? 「おお、起きられたか」 襖が開いて、隻眼の男が部屋に入ってきた。 「死ぬのではないかとひやひやしたぞ。やぁ、起きられてよかったよかった」 男は、水の入った桶を布団の横に置くと、自分の側に腰を下ろした。 「又兵衛様に感謝いたせ」 「……?」 「死にかけのお前さんを拾えと命じたのは又兵衛様だ。又兵衛様は我ら烏合の衆を率いられているお方だ」 又兵衛様、と言うのか。 意識を失う前、自分に話しかけてきたあの男は。 「ここは我らの拠点だ。又兵衛様は気まぐれなお方。お前さんのことももう忘れておられるかもしれない」 そんなはずはない、と思った。 長く男の側にいるであろうこの男より、自分の方があの男のことをわかるわけがないとは思う。 だが、そんなはずはない、と思った。 あれは寂しい男の目をしていた。 拾ったというのなら、それは、寂しさを埋めるためだ。 忘れているわけはない。 願望かもしれない。 だけど、忘れられることはないと思った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |