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幻想
17





なぜヨルダン様は殿下にあんなにも寂しい思いをさせたままにしておられるのか。
御自身の御子なのだから、少しは気にかけてやっても良いのではないのだろうか。陛下自身、昔は生母から離されて育てられ充分寂しい思いをしてこられたのだろうし、殿下の寂寞の思いを理解していられるだろうに。

そんなことを日々考えているある日。
後宮にまた1人新な妾后が迎え入れられることになった。





「アバティーノ伯爵の三男坊?」

午後のティータイムを庭先のテラスで堪能している時。ラビィからの報告で私はその事実を知った。アバティーノ家と言えば、国内でも上位貴族に数えられる名門中の名門である。代々国の重役を輩出しており、王にも比較的近い立ち位置にいる。伯爵自身はパナマ地方を治められていて、長男は王宮に文官として、次男は武官として勤められていた筈だ。その三男坊といったらつい先日成人したばかりだと聞く。

「はい。早くとも一週間後には後宮入りされるようです」

相変わらずラビィは私との間に一線の壁を敷く。しゃんとした態度を全く崩さず私に接してくる。この数か月の間に、僅かながらでも距離を縮められたように思うのだがまだまだその認識は甘いようだ。

「伯爵は、そのことを快く了承されたのだろうか……」

国内でも有数の力を持たれる伯爵だ。御自身の御子を後宮入りなどといった言わば“人質”に出されるだろうか。私の幼少の頃に、国内貴族が集まって行われる祭典でお会いした伯爵は威厳に溢れられていた。どう考えても、そんな伯爵が御自身の子どもを人質に出すとは考えにくい。三男坊の後宮入りには、私には計り知れないような何か思惑があるのだろうか―――。

結局アバティーノ伯爵の三男坊――エーリオ殿が後宮入りをされたのは、それから半月後のことだった。
流石アバティーノ家といった所か。彼の後宮入りには何人もの下女が付き従い、また大量の豪華な荷物が運び込まれた。まだ成人を迎えたばかりとあって、とても初々しく若さに溢れている。成長しきっていない身体はどこか線が細く、一見女子的にも見える。美しく整った面構えがより一層、その印象を後押ししている。

「ラウル殿がいて下さって、本当に良かったです。周りが女性だらけと聞いていたので、とても安心しました」

「皆さん優しい方ばかりですから心配はいりませんよ、エーリオ殿」

アナスタシア様が開かれた歓迎会で初めて会話した私たちは、男同士とあって直ぐに打ち解けた。幼さの残るエーリオ殿と接していると、自分に弟ができたようで嬉しく感じる。

「そんなラウル殿!僕のことはどうかエーリオとお呼び下さい。ラウル殿の方が僕よりも年長で、先に後宮入りされている先輩ですし!」

「……そうかい?それならエーリオ。どうか私のこともラウルと」

「はい、ラウル」

ニコリと微笑むエーリオ。その笑顔がとても眩しく、また懐かしい気持ちにさせた。
私にもこんな無邪気で若い頃があったのだなと内心しみじみと思ってしまった。

エーリオとはその後も互いに敷地を行き交う仲になった。お互いの庭でお茶をしたら、取り留めもない話をするのが楽しかった。エーリオはまだ成人したばかりだけあって、私の騎士時代のお勤めの話を聞きたがったし、私は私でアバティーノ家が治めているパナマ地方の話を聞くのがとても楽しかった。
直ぐに私たちは友と呼べる仲になった。それは、この女性しかいない極めて異質な空間で当然とも言えることだった。男同士というそれだけで、私たちは引付けられたのかもしれない。まるで従来の友であったかのように私たちは何でも話した。





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あきゅろす。
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