幻想
12
「この化け物は…この人は、人間だったんですか」
声が震える。自分の犯した罪の深さに震えが止まらなかった。
「確かに人間でした。しかし今はもう違います」
一見すると慰めのように聞こえるけれど、僕には何の慰めにもならなかった。
人を殺した。
確かにニーナが殺され、その犯人を絶対に許さないと思っていた。けれど殺そうと思っていた訳じゃない。ニーナだってそれを望んでいた訳じゃないに決まっている。
なのに、それなのに僕は……。
「何故泣くのですか」
僕の瞳からはポロポロと涙が零れ落ちていた。身体のどこかにまた亀裂が走る。
「闇から這い出しものは人に寄生します。寄生されたその人はその瞬間から人ではなくなります。何故涙を流す必要があるのですか」
この人にこの時程恐怖を感じたことなんてなかった。血が通ってないみたいに冷たい。道徳心も慈悲もこの男には無いんだ。
「貴方はっ!貴方は何とも思わないんですか!?貴方は……」
急にあの目眩が襲ってきた。身体が保てなくなり、男の腕に抱き留められる。
「血が足りないのです。身体も亀裂が走っているのでしょう?」
やはり男は全部知っているんだ。この身体に走る亀裂も、時折襲う目眩も。
「衰弱しているようですね。早くしなければその身体が保てませんよ」
そう不可解なことを言って、男は僕の身体を引き、倒れている神父に顔を押し付けた。神父はもう完全に息を引き取っていた。
「飲みなさい」
「……え…?」
霞む視界で僕は男を見上げた。男の言っている意味が分からなかった。
「早くその血を啜るのです」
身体に戦慄が走った。
「の、飲めない……」
飲めるはずがない。そんな非人道的なこと……。それに血の臭いが僕にはどうしても駄目だった。今でもこの臭いを嗅いでるだけで意識が遠ざかりそうなのだ。
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