幻想 8 男はゆっくりと口を開いた。 「大切なものを求めて。私の半身であり、命そのものでもある……」 講堂に響き渡る男の声は、どこか切なさを含んでいた。そこで会話は途切れ、僕は家に戻っていった。あそこにいてももう仕方ないだろう。男の背中が、次会う時は決意した時だと告げていた。 家に近付くにつれ、嫌な予感が胸中を渦巻いていった。それに加え妙な臭いが鼻につく。家の前まで来ると、その臭いは著しいものになった。 「……………」 息を飲んで戸を開けた。しんと静まり返っていて普段と何も変化が無いように思える。恐る恐る足を踏み入れ、奥へ進む。ゆっくりと物音を立てることなく歩を進め家の中を歩いていく。玄関、居間、台所、廊下と進み、ニーナの部屋の前で足を止めた。 その瞬間、中から何かが割れるような大きな音がした。急いで中に入ると窓ガラスが割られ、夜風にカーテンが揺らめいていた。 「……ニーナ?」 返事はない。ただカーテンの揺蕩う音だけが部屋中に響き渡っていた。 「…ニーナ……ニーナ!!」 足が崩れた。その場に倒れ込み、すんでのところで四つん這いになる。床についた手に皹が走ったけれど、そんなことは気にも留めなかった。ただ空の、主のいない寝台を見つめた。 部屋の中は、真っ赤に染まっていた。夥しい量の血痕が部屋を染め上げていたが、一番酷いのは寝台だった。真っ白だったシーツは今や真っ赤でその跡形もない。 “今夜は人が消えることになるでしょう” 本当だった。あの男が言った通り本当に人が、ニーナが消えてしまった。いや、殺されたのだ。残酷な手法で骨も残さずにニーナは殺されてしまった。 [前へ][次へ] |