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幻想






男はゆっくりと口を開いた。

「大切なものを求めて。私の半身であり、命そのものでもある……」

講堂に響き渡る男の声は、どこか切なさを含んでいた。そこで会話は途切れ、僕は家に戻っていった。あそこにいてももう仕方ないだろう。男の背中が、次会う時は決意した時だと告げていた。




家に近付くにつれ、嫌な予感が胸中を渦巻いていった。それに加え妙な臭いが鼻につく。家の前まで来ると、その臭いは著しいものになった。

「……………」

息を飲んで戸を開けた。しんと静まり返っていて普段と何も変化が無いように思える。恐る恐る足を踏み入れ、奥へ進む。ゆっくりと物音を立てることなく歩を進め家の中を歩いていく。玄関、居間、台所、廊下と進み、ニーナの部屋の前で足を止めた。
その瞬間、中から何かが割れるような大きな音がした。急いで中に入ると窓ガラスが割られ、夜風にカーテンが揺らめいていた。

「……ニーナ?」

返事はない。ただカーテンの揺蕩う音だけが部屋中に響き渡っていた。

「…ニーナ……ニーナ!!」

足が崩れた。その場に倒れ込み、すんでのところで四つん這いになる。床についた手に皹が走ったけれど、そんなことは気にも留めなかった。ただ空の、主のいない寝台を見つめた。
部屋の中は、真っ赤に染まっていた。夥しい量の血痕が部屋を染め上げていたが、一番酷いのは寝台だった。真っ白だったシーツは今や真っ赤でその跡形もない。

“今夜は人が消えることになるでしょう”

本当だった。あの男が言った通り本当に人が、ニーナが消えてしまった。いや、殺されたのだ。残酷な手法で骨も残さずにニーナは殺されてしまった。





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