[通常モード] [URL送信]

幻想






「それを知るならば、今を捨てなければいけませんよ。その覚悟がありますか?」

今。幸せな今。ニーナやニーナの母親や村の人たちと暮らす幸せな日々。………出来るはずがなかった。僕には今を捨てられない。今が無くなるのが怖い。
だからといってこのままでいい筈もない。刻々と時が刻まれるように僕の身体の亀裂も広がっていくだろう。もしみんなにバレたら?今を失ってしまうかもしれない。

「……貴方は僕の何を知ってるんですか…」

どうしようもないジレンマに挟まれ、胸が苦しかった。僕でさえ知らない自分のこと。どうしてこの男が知っているというのだろう。これまで直立の姿勢を保っていた 男が一歩、また一歩と足を踏み出した。その間も僕から視線を反らすことはない。

「全て。そう、貴方が知らない貴方のことも」

男の手が僕の頬に伸びる。気が付けば男との距離は一メートルもない。
恐ろしい想像が浮かんでくる。添えられている手がそのまま僕の頬を滑り、首を捕らえたら僕は逃げられないだろう。

「知りたかったらいつでも来るといい。但し、もうあまり時間は残されていませんよ」

心臓が鷲掴みされたようだった。バレてる。直感でそう悟った。この男は僕の身体を蝕む亀裂のことを知っているのだ。
男は僕の頬を優しい一撫ですると後はもう知らないとでも言うように僕を解放し、元にいた方へ進み出した。

「貴方は!……貴方は一体何者なんですか」

僕は男を呼び止めていた。それに男は立ち止まる。しかしこちらを見ることはなかった。

「それも貴方が自分が何かを知りたくなったら教えましょう」

「じゃあ、……貴方はどうしてこの村に来たのですか」

どうして僕の目の前に現れたのだろう。






[前へ][次へ]

7/13ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!