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幻想
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ヨルダン様の純粋な、嘲笑ではない笑みが私に向けられて発せられたのを私はこの時、始めて見た。そのことが私を勇気付け、行動をかきたててくれた。

「陛下、僭越ながら申しますが、エーリオの……陛下への気持ちは本物です。本当に陛下のことを好いているのです。純粋なエーリオの気持ちを、どうか蔑ろにするような行動はお辞め下さい」

愚かにも私は、今ならばヨルダン様が私の言うことに耳を傾けてくれるのではないかと考えた。それは一重に、ヨルダン様の笑みに私たちの距離が縮まったと思ったからだ。
しかしそれは、私の一方的な勘違いでしかなかった。

「主は、私に情愛を抱く他の全ての后の下へ行かず、エーリオだけの下へ通えと言うのか」

「そ、それは……」

私の言葉に酷く詰まらなそうに応えられたヨルダン様。先程の柔らかな空気が一瞬にして不穏な空気へと変わる。
ヨルダン様の返答は私に、いかに自分本位な意見を述べていたのかを気付かせた。
―――ヨルダン様に想いを寄せる者は、別にエーリオ一人だけではない。
後宮にいる全ての妾后がヨルダン様に想いを寄せているのだ。皆、エーリオと同じように心からヨルダン様の来訪を待ち望んでいる。それなのに私は、彼女らの想いを蔑ろにする行為をヨルダン様に要求してしまっていた。

「気持ちの切り売りなどといった器用なことは私にはできぬ。その時その時、お気に入りの者を、一身に愛でてやることしかできない。エーリオのことは……ただ時期が過ぎただけだ」

「陛下にとってはただの一過性の気持ちでしかなかった、と」

「………後宮にいる者を慰めてやるのも王の役目だ」

ヨルダン様の物言いには、全く情が感じられなかった。
機械的に妾后方の相手をしてらっしゃるのだ。愛情なんて、そこには無い。
ただ仕事としてエーリオたちに接していらっしゃるのだ。

その事実を突きつけられ、ただただ私は悲しかった。
エーリオのことを思って、悲しんだ。報われない気持ちを抱いてきた、他の妾后方のことを思って、胸が痛んだ。

我らの王は、ここまで無慈悲な方だったのか―――。

私は、父のことを思った。
命をかけてまで尽くす価値が、本当にこの方にあるのだろうか―――。

そこまで思ったところで、私は余りに不敬な自分の考えに身を大きく震わせた。
冗談でも思ってはならないことを、私は今考えてしまった。
王の従属として生きてきた一族の誇りを穢してしまった。なんて、恐ろしいことを、私は考えてしまったのだろうか……。

「………ラウルよ。エーリオに言っておけ。そなたの番は終わったのだと」

それだけ言うと、ヨルダン様は私の部屋から出て行かれた。
一人残された私は、自分の名前が久し振りに呼ばれたことに気付くこともなく、ヨルダン様からエーリオへの最後通牒にただただ打ち拉がれていた。






翌日、二晩続けての私の部屋へのヨルダン様の渡り”に、後宮中が色めきだっていた。一晩ならまだしも二晩続けての通いに後宮は、ヨルダン様の御寵愛が私に移ったのだと確定させていた。
そんな根も葉もない全くの出鱈目な噂を、私よりもラビィが深刻に受け止めていた。

「ラウル様、あまり外出はなされない方が……」

「そういう訳にはいかない」

昨日同様、私の下への陛下の訪問はエーリオの耳にも届いていることだろう。






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