幻想
42
「彼女たちに何を言われようが、私は気にしない」
今までだってそうだった。エーリオが陛下の寵愛を頂くようになって、一人で茶会の場に出ればいつも何か小言を言われてきた。今更それに追加されたところで、受け流すだけだ。
しかし、エーリオは違う。エーリオだけにはしっかり真実を伝えなければならない。さもないと、私は、今度はエーリオまで傷付けてしまうことになる。
「……エーリオの下へ行ってくる」
「本日は外出されない方が得策かと……」
ラビィが心配気な顔で、私を窺ってくる。しかしいくらラビィに心配掛けようとも、一人部屋でこの噂を聞き、傷付いているであろうエーリオのことを思うと、部屋でじっとしている訳にはいかなかった。
「直ぐに戻って来る。心配しないでくれ、ラビィ」
「………私も御伴致します」
私の固い決意を感じたのか、ラビィの方から折れてくれた。安全な後宮内、男児一人で十分だと思いはするものの、ラビィの気持ちを汲んで、同行を許可することにした。
ラビィの言っていた通り、後宮内を歩けば、不躾な視線が次々と向けられた。中にはあからさまに中傷の言葉を投げ掛けるものもいる。恐らくそれらは他の妾后の息が掛かったものなのだろう。大半の女中、つまりは主人を持つのではなく、後宮自体に仕えている者たちは、ただ興味本位に私のことを見ているに過ぎなかった。
「エーリオ、失礼するぞ」
エーリオの部屋まで来ると、衛兵に中へ通される。本来なら中の主に窺い立ててからではないと、入室を阻まれるのだが、今までずっと通っていただけに、衛兵を私のことは素通りさせてくれる。
「………ラウルッ…!ね、ラウル、あの噂、嘘でしょ……!?」
現れた私に、エーリオは突然しがみ付いてくる。真っ赤な目をして、明らかに泣き腫らた顔をしている。やはり、エーリオにも噂は届いていたようだ。
「勿論、私と陛下が何かある訳がないじゃないか」
私に縋ってくるエーリオの身体を優しく抱き留め、泣きじゃくる子どもをあやすように優しい声を落とす。
「!!…そうだよね……っ…よかったあぁ……」
そう言って安心したように私の胸に顔を埋めるエーリオ。良かった。エーリオは信じてくれた。きっとエーリオ自身、この噂に半信半疑だったのだろう。
ここで止めとけば良かったものの、信じてもらえた嬉しさに、私は昨夜の訪問の真実をエーリオに言って聞かせてしまった。
「確かに、昨夜陛下は私の部屋へ訪れた。ただ少し話しただけで、直ぐに出て行かれた。それだけだ」
「えっ………!」
突然驚いた声を上げて、エーリオが私の胸から顔を上げた。
驚愕を浮かべた顔が直ぐに、傷付いた顔へと変わる。
一体、どうしてと慌てふためいていると、エーリオが私の腕の中でぽつりと小さく言葉を溢した。
「僕のところには来てくれなかったのに………」
そのエーリオの言葉に、私は昨夜の陛下の言葉を思い出した。
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