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幻想
38






「……大分夜も更けてきたな…」

うつらうつらと眠りに誘われそうになっていると、そんな私の様子に気付かれたのかヨルダン様が小さく呟かれた。思案は終わったのだろうか。

「……エーリオの下へ行かれないのですか」

もう随分遅くなってしまっただろう。
夕刻の犯人当てならばもう済んだし、これ以上ヨルダン様が此処に留まられる理由はない筈だ。エーリオも首を長くして待っている頃だろうし、そろそろ向かわれた方が良いのではないだろうか。
エーリオを思っての発言だったが、ヨルダン様の答えは非情に素っ気無い言葉だった。

「ああ、良いのだ」

「良い、ですか……?」

一体どういう意味だろうかと、半分眠っている脳をフル回転し、ヨルダン様の発言の意図を探ろうとする。しかしそんな私の努力を中座させる言葉がヨルダン様の口から返ってきた。

「エーリオの下へ行くのはもう辞めた」

「は……?」

ヨルダン様の発言のあまりの中身に、衝撃を受けた。一瞬で眠気も吹き飛ぶ、信じられない内容だった。

「一体、どういうこと…なのですか……」

「どういうことも何もない。もうエーリオの下を訪れる必要が無くなったのだ」

「必要が無くなったとは、どういう意味ですか。一体、どうして……」

もしや、私が二人の逢瀬を見てしまったことに原因があるのだろうか。
私のせいで、二人の仲が終焉を迎えてしまうというのだろうか。
そんなことになったら、私はエーリオに二度と顔向けできない。

「必要も無くなったのに、何故エーリオの下へ行かなければならない」

必死になってヨルダン様のお考えを変えて頂こうと説得を試る。しかし返ってきたのは、非情なまでに冷たい言葉だった。

脳裏に幸せそうなエーリオの顔が浮かぶ。
ヨルダン様と結ばれて、とても嬉しそうにしていたエーリオ。
心の底からヨルダン様を愛していた。
そんなエーリオの姿を見て、同性同士であっても二人の仲を心から祝福しようと思ったのだ。それなのに、何故。

「それは……!エーリオは、陛下のことを………」

愛していた。
愛しているのだ。今でも、きっといつまで経っても来ないヨルダン様を一人部屋で待ち続けていることだろう。

「……例えエーリオがどのような想いを抱いていたところで、私に気持ちは無い」

「そんな……!?それならば何故、陛下はエーリオと……!」

信じられない言葉が次々とヨルダン様の口から発せられる。
エーリオの想いがヨルダン様に届いたのではなかったのか。
だから御寵愛をエーリオ一身に注がれていたのではないのか。
二人は相思相愛の仲で、他の妾后が嫉妬するほど仲睦まじかったのではないのか。

激情にかられ、段々息が上がっていく。
身体が、胸が、目の奥が熱い。




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