幻想
37
ヨルダン様にとって、私の反応からその犯人を断定するのは容易いことだっただろう。
「やはり、な」
身体の向きを此方に向けられ、ヨルダン様と真っ直ぐ向き合うことになった。ヨルダン様の双眸には確信の光が宿っており、私がどんな言い逃れをしたところで無意味なことが窺えた。
「申し訳ありません……!」
私には謝罪するしかなかった。こんなことで許される筈がないだろうが、それでも謝るしか他、私には方法が無かった。
恐らくヨルダン様は怒っておられる。エーリオとの二人の逢瀬に水を差されたと思っていらっしゃることだろう。私としてはそんなつもりなど毛頭無かったのだが、そんな主張などした所でヨルダン様の怒りを解くことができるとは思えない。
しかし、そんな私の予想を裏切り、ヨルダン様は全く怒ってなどいらっしゃらなかった。
「何を謝る必要がある」
「……お二人の邪魔をしてしまったかと…」
「そんなこと。邪魔などとは思っておらぬ。それに、エーリオの奴は全くお前に気付いていなかったぞ」
「そうでしたか……」
ヨルダン様にはばれてしまったが、エーリオには気付かれていないことに胸を撫で下ろす。エーリオにまでばれてしまっていたら、もうエーリオに合わす顔がない所だった。
それにしても、ヨルダン様のこの反応は意外だった。ヨルダン様の怒りに触れ、ってっきり何らかの処罰が下されるかと思っていた。
「一体何用であのような所にいたのだ」
「そ、それは……」
今度こそ、何も言えない。
ヨルダン様には何としてもカトル様のことを隠し通さなければならない。カトル様と近しい相手だからこそ余計に、言うことなどできない。言ったら最後、カトル様の継承権にも影響が出る可能性がある。例え、ヨルダン様がカトル様の父であっても告げてはならないだろう。
そんな私の考えは、またもやヨルダン様に打ち崩される。
「…………カトルか…」
黙り込む私の顔を見て、ヨルダン様が溜息混じりにカトル様の名前を溢された。
まさかヨルダン様の口からカトル様の名前が出るとは思わなかった私は、驚きに目を瞬かせた。
もしや、ヨルダン様はカトル様が宮殿から抜け出し、後宮に忍び込んでいることを知っていらっしゃるのだろうか。知っていて、敢えて何も言わず、目を瞑ってらっしゃっているのだろうか。
ヨルダン様の顔に僅かに影が掛かるのを、私は黙って見ていた。
本来ならば、色々と尋ねたい。
なぜ、カトル様に寂しい思いをさせていらっしゃるのか。
カトル様を愛されていらっしゃらないのか。
でも、今のヨルダン様の顔を見ていると、そんなこと聞ける雰囲気ではなかった。
触れてはならない何かがヨルダン様とカトル様の親子にはある。直感でそう感じた。
それから暫く沈黙が続いた。
ヨルダン様は先程からずっと何かを考え込むように塞ぎ込んでいらっしゃる。そんなヨルダン様の邪魔をしないよう私はただ黙っているしかできない。
月がどんどん高く昇っていく。夜の帳も下り、眠気が襲ってくる。
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