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幻想
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「………陛下……!?」

考え事に夢中で、誰かが部屋に入ったことすら気付かなかった。しかも、まさかその誰かがヨルダン様だったとは。しかし、一体なぜヨルダン様が私の部屋に……。

「とても騎士出身だとは思えぬ、無防備振りだ」

「!!!」

部屋に侵入者がやって来ても、気付いた様子がなかった私にヨルダン様は冷笑を浮かべられていた。ヨルダン様のおっしゃる通り、騎士にあるまじき体たらくだ。もうここが戦場ならば、私は死んでいただろう。
茫然として寝台に身を預けたままだった私は慌てて寝台から降り、謝罪の言葉を口にする。

「申し訳御座いませ……」

「謝るな。別に謝る必要などない。お前はもう騎士でも何でもないのだから」

ヨルダン様の言葉は私の胸に鋭く突き刺さった。
確かに私はもう騎士ではない。
成人してから5年。ずっと騎士として生きてきた。しかし今はもう騎士ではないのだ。ヨルダン様の数いる妾后の一人なのだ。騎士ではない私に、警戒心だとかは必要ないものなのだ。

知らず拳に力が入る。羞恥心を殺すように、傷心を隠すように。

「しかし、一体何用でいらっしゃったのでしょうか」

心の動揺を抑え、ヨルダン様に用向きをお尋ねする。このような遅くにわざわざ私の部屋に足を運ばれたのだ。恐らく何か用があるに違いない。そうでもなければ、後宮入りしてから数か月、一度たりとも私の部屋へいらっしゃられなかったヨルダン様がお越しになられる筈がない。

「用がなくては、来てはならぬと?」

「いいえ、そのようなことは!」

大変失礼なことを言ってしまった。ここはヨルダン様の後宮なのだ。ヨルダン様がいらっしゃるのに理由など必要ないし、妾后の部屋へ行くのも勝手なのだ。

「まあ、良い」

興味がないといったように短く切って捨てられたヨルダン様は、寝台の近くにあった椅子に浅く腰掛けられた。そして私にも寝台へ腰を下ろすよう命ぜられる。暗い寝室の中、月明かりだけが私たちの姿を照らしていた。

後宮入りして初めて、このような状態でヨルダン様と対峙する。そのせいか私の心臓は鳴りっ放しで、緊張が喉を乾かせる。

「実は、な。夕刻、面白いものを見掛けたのだ」

「……そうですか」

私の目の前に腰掛けられたヨルダン様は、窓の外を見ながら話しを始められた。声色は高く、機嫌が良さそうに窺える。一体何の話だろうか、何か私に関係のある話なのだろうかとヨルダン様の言葉に耳を委ねる。

「エーリオの庭に何か獣が紛れ込んでいたようだ」

「…………っ」

お顔を窓に向けられながら、目線だけが私を射抜く。
もう一つ懸念事項があることを、今までラビィのことがあって忘れていた。
エーリオの部屋の庭で私が何を見たのか。

「一体、何が紛れ込んでおったのだろう、な」

その声からは、この状況をひどく楽しんでいられることが窺えた。





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