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幻想
35





その後、私たちは結局ベレニーチェ様の所には行かなかった。あれからベレニーチェ様の下へ向かうには些か時間が経ち過ぎてしまっていた。私を宛てにしてくれていたカトル様には悪いが、正直こうなって良かったと思っている。カトル様に嘘を重ねることにならずに済んだのだから。

自室へ戻ってきた私を出迎えたのは、私の姿を見て呆れに呆れたラビィだった。というのも、充分気を付けていた筈だったのだが叢を通ったせいで服に破れ目ができていたせいだ。

「エーリオ様の所へ行かれたのではないのですか」

私の頭に付いていた葉を一目見て、溜息を吐きながらラビィは心底呆れた様子でそう私に尋ねてきた。エーリオの下へ行ったと思っていたのに、いざ蓋を開けてみると薄汚れた主人が帰宅したのだ。それはもう一体何をしていたんだと小言の一つは言いたくなるだろう。しかも明らかに叢で何かをしていたという姿だ。敏いラビィのことだ。恐らく、私が庭から行き来をしたことも気付いているだろう。

「いや、まあ……その……」

カトル様のこともあるため、私の口は自然重くなる。ラビィに嘘を吐いていることを思うと心苦しいが、カトル様のためにもここは事情を説明する訳にはいかない。

それに、エーリオの下へは行ったのだ。そこで見た光景を思うと、その事実さえ隠して置きたくなる。

「………私のような、自分のことを何一つ喋らない信用のおけない者には、本当のことを打ち明けて下さらないのは至極当然のことです。ラウル様が口を閉ざされるのなら、私はもう聞きません」

何も言わない私をラビィはそんな言葉で突き放した。いや、突き放したというのは私の身勝手な認識だ。最初にラビィに嘘を吐き、彼女を突き放したのは私の方なのだから。何を被害者振っている。折角今まで少しずつだが着実に距離を縮めてきていたのに、彼女を傷付けてしまった。

「違うんだ、ラビィ。すまない、私は……」

「良いのです、ラウル様。そのようなことより、早くお召しものを変えなくては。直ぐに新しいものをお持ちいたします」

「ラビィ……!」

私の謝罪を受け入れることなく、ラビィは私に背を向けて部屋を出っていった。
私の考えなしの行動が、ラビィを深く傷付けてしまった瞬間だった。






ラビィの用意してくれた寝衣に身を通し、寝台にその身を預けては一人、先程のやり取りを反芻する。ラビィの傷付いた顔が脳裏を過り、後悔ばかりが胸を打つ。お茶会で妾后たちに話の矛先を向けられたときと同じ顔をしていた。あの時は妾后たちの何気ない一言のせいだったが、今回は私の心無い行動のせいで彼女にあんな顔をさせてしまったのだ。

彼女を信じて、全てを打ち明けてしまえば良かった。ラビィならばカトル様のことを知っても、きっと秘密にしてくれた筈だ。ちゃんと事情を話し、その上で居室を後にすれば……。
そんな過ぎたことの仮定ばかりを考えてしまう。全くの無意味な行為で、現実を直視しない愚かな行為だった。しかし、そう考えずにはいられないほど私は深く後悔をしていた。

どうすればラビィの傷付いた心を癒すことができるのだろう。

寝衣を持ってきてくれたときの、いつも以上に能面顔のラビィの姿が胸を打つ。精一杯取り繕っている姿が分かり、そんな姿が痛々しい。何とかして彼女に謝罪を、信用していることを告げたい。

「………不用心だな」

思考の海に意識を預けていたら、突然何者かが目の前に現れた。






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