幻想
25
いや、違う。
別に裏切られた訳ではないのだ。
ただ、エーリオは私にそのことを言えなかっただけなのだ。
エーリオは何も悪くない。
「……自分たちが相手にされなくなったからといって、当たるなど見っとも無い」
突然割って入ってきた声。その声の主が天の助けに思えた。
「……アナスタシア様…」
アナスタシア様の登場で、事態は終息へ向かっていった。
「陛下の寵愛は移ろい易いもの。以前は貴女方がお気に入りであったとしても、それは以前、過去のこと。陛下の寵愛を笠に着て他の妾后を侮辱することは決して許されません」
第一妾后とされるアナスタシア様には流石の若い妾后方も何も言うことができなかった。方々まだ気持ちが収まりきらない様子ではあったが、それ以降は口を噤まざるを得なかった。
「エーリオ殿、ラウル殿。……どうか、彼女たちの非礼をお許し下さい。彼女たちの罪は、この場の主である私の罪。何卒私の顔に免じてここはお流し下さいませ」
妾后たちを注意した後、アナスタシア様は私たちの方へ向き直り、謝罪の意を込めて深くお辞儀された。
「そんなアナスタシア様!お顔をお上げ下さい!アナスタシア様にそのようなことをされるなど……」
慌ててアナスタシア様の礼を取り止めてもらうよう進言する。一国の姫であったお方だ。そのような方に直々謝罪されるような身分では決してない。更に言えば、女性に頭を下げさせるなど、騎士としてあるまじき行為である。
その後、何とかアナスタシア様に謝罪することを辞めていただき、私とエーリオの二人は早々にその場を後にした。いくら彼女たちからの嫌味が無くなったからと言っても、エーリオが受けた傷は大きく、とてもその場にいられるような様子ではなかったのだ。
泣き過ぎて、赤くなった瞼。泣き止んでくれたのは良かったが、その表情は暗い。何とかエーリオを元気付けようと私も努力はしたが、一向にその顔に笑顔が戻ることはない。
「ラウル……ごめんね」
一方的に私ばかりが声を掛けていたが、エーリオから何の反応もなく、そこそこ困り果てていた時。漸くエーリオの重い口が開いた。しかしその口から出た言葉は、私への謝罪の言葉だった。一体エーリオが何について謝罪をしているのか。その疑問は次の言葉で解決した。
「別に隠していた訳じゃないんだけど……何だか、言い難くて……」
ヨルダン様との関係のことを言っているのだろう。
確かに先程は驚いて、頭が真っ白になってしまった。
まさかエーリオとヨルダン様があのようなことになっているとは―――。
同性同士である二人がまさか閨をともにしていたとは、到底信じられなかった。
もしかしたら、エーリオは私がこう考えることを分かっていたのではないだろうか。
元々同性愛に理解があった訳ではない私が、受け入れてくれる筈がないと察して本当のことを言えずにいたのではないだろうか。
それならば、エーリオが口を噤んだのは私の罪だ。
私のせいで、エーリオは話すことができなかったのだから。
「エーリオ。別に君が気にすることはないんだ。まあ、ただ……驚いたが」
エーリオとヨルダン様の関係に私がとやかく言える立場ではないのだ。
二人が納得して行為に及んだのなら、それはそれで良いのだ。
「ごめんね……」
「君が謝るな。本当に謝らなければならないのは私なのだから―――」
私の態度がエーリオに口を閉ざさせた。友の全てを受け入れてやれていなかった私が悪いのだ。
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