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幻想
19






「ここでは好きなことをするが良い。欲しいものがあれば報せよ。アバティーノの名に恥じぬよう、充分励め」

二、三言エーリオと言葉を交わし、最後にそう言ってヨルダン様は足を進められた。
予期していたような厳しい言葉で出ることはなかった。ヨルダン様は私が男だからあのようなお言葉を掛けられた訳ではなかったのだ。つまり、私だからあんな言葉を掛けたのだ。その事実に打ちのめされていると、気付いたらヨルダン様は長椅子に座られていた。慌てて礼の形を解くと、目の前には熱に浮かされたような眼差しでヨルダン様を見詰めるエーリオの姿があった。

今日もまたヨルダン様は最近お気に入りの若い妾后たちを近くに呼び、侍らせていた。それを見ながらアナスタシア様たちはその場を後にする。私もこれ以上ここにいても仕方ないと、固まったまま動かないエーリオに声を掛け、ともにこの場を後にした。

「なんて、カッコいい人だろう……」

それぞれの自室へ戻る帰り道。未だ熱に浮かされたようなままのエーリオがぼそりと口からそんな言葉を溢していた。

「……そうか」

何だか様子がいつもと違うエーリオに戸惑いを禁じ得ない。何て返せば良いか、返答に窮する。確かにエーリオの言う通り、ヨルダン様はたいへん男前でいらっしゃられる。威厳を放たれ、自信に満ち溢れ、見る者を虜にする。そんな魅力がヨルダン様にはある。
男の私から見ても、羨望の対象であり、ああなりたいと思わせられる。

「どうしたら、もっと近くにいられるんだろう」

「陛下のお近くに侍るには、陛下の御寵愛を深く受ける必要があるらしい」

先程の光景を思い出して、私は答える。
陛下のお傍で侍られていた妾后たちは、最近御寵愛を深く授かっている者たちばかりだった筈だ。といっても“深く”の尺度がどこまでを示すかは私には分からない。所詮私には関係のない話であったり、あまり興味もなかったためよく知らない。

「御寵愛……」

私の言葉に一段とエーリオの顔が赤くなる。どんなに幼く見えても、成人しているエーリオはその言葉の意味をしっかり理解しているようだ。

「ああ。だから私たちのような男には縁のない話だ」

そう。ここ後宮でヨルダン様のお傍に侍るには陛下の御寵愛を受けるしかない。
どんなに功績を立てたところで、どんなに優秀な働きをしたところで、ここでは認められない。その事実が私に重く圧し掛かる。
どんなに鍛錬を続けたところで、ここでは全く意味がないのだ。

「…どうすれば、陛下の御寵愛が受けられるだろう……」

自分の言葉に暗い気持ちになりながら、私はエーリオと別れた。
自分のことに精一杯だった私は、エーリオが呟いていた言葉を全く聞いていなかった。





それからというもの、エーリオに会うといつもエーリオは物思いに耽っていた。
まるで恋煩いでもしているように思えたが、まさかここでそんなと自分の考えを馬鹿な考えだと一蹴する。
私が何を話し掛けても上の空で、何を聞いても答えはああとかうんとか容量を得ない。
ずっとそんな様子だったもので、あまりに心配になりエーリオの側仕えに医者に診せるよう忠言してしまった。

エーリオがそんな様子だったため、当然週のお茶会にも参加しなくなった。エーリオが心配でそんな気分になれないし、エーリオ自身もそれ所ではなかった。
どこが痛いのかと尋ねると、いつもエーリオは胸が痛いと答えていた。重大な病気にでもかかったのではないかと私はエーリオ自身にも医者に診てもらうよう強く進言した。そしてそれから暫くはエーリオの下へ訪れるのを自粛した。エーリオの負担にならないよう気を遣った証だった。



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あきゅろす。
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