[携帯モード] [URL送信]

幻想
14




「ラウル、か。後宮の暮らしには慣れたか」

ヨルダン様の口から零れる私の名に、歓喜極まる。あのヨルダン様が私に声を掛けて下さったのだ。なんて、恐れ多い。

「はい。他の妾后様方も大変よくして下さいまして」

アナスタシア様など、わざわざ私の歓迎会を催して下さった。その感謝の意味も含め、ヨルダン様へ伝えた。するとヨルダン様は私だけにしか聞こえないだろう小さな声でこう申された。

「つまらぬ」

驚愕に思考が停止する。一体、ヨルダン様は何をおっしゃられた。どういうことだ。
困惑し、何を言えずにいる私に興味を無くしたのか、ヨルダン様は再び足を進め、私の前から去って行った。
ヨルダン様が私の前からいなくなっても、尚私の脳裏は先程告げられた言葉が頭から離れなかった。

ヨルダン様は何もなかったかのように、他の妾后たちにもお声をお掛けになっていた。先程の不機嫌そうな声色など何処にもありはしない。何がヨルダン様の機嫌を損ねてしまったのだろうか。終始私はそのことを考えていた。

ヨルダン様が座に腰掛けるのを待って、私たちは漸く礼の姿勢を解いた。上座に座るヨルダン様からは王座の風格が漂ってきた。
そんなヨルダン様の姿を拝見し、私は自室へ戻っていった。
ヨルダン様へのお目通しの儀式が終われば、妾后にその場へ居座る義務はない。ヨルダン様からお声掛けされた妾后以外は、上座へあがることも許されない。最近のお気に入りと称されている若く美しい妾后たちがヨルダン様の周りを囲み、他の古参の妾后たちはこの場を後にした。その中には現第一妾后のアナスタシア様もいらっしゃった。アナスタシア様は上座にあがる他の新米妾后たちに鋭い視線を向けながら、場を退かれた。その姿を上座から見詰める妾后たちの顔は優越感に満ちている。
一瞬にして後宮の現状を把握できる、そんな一幕だった。
男で、寵愛を受ける対象外である私も勿論、この場へ居残る権利はない。ラビィを伴い、自室へ退くことにした。

「……陛下は、私のことを厭っていらっしゃるのだろうか」

自室へ戻り、一息ついた時。私の口からはそんな言葉が出ていた。
お茶の給仕をしていたラビィが、私の背後で驚愕を抱いたことが感じられた。突然このようなことを聞かされたラビィにはとても申し訳なく思う。この時の私には先程のヨルダン様の言葉の真意だけが気にかかり、他のことまで意識が回っていなかった。

「私には分かりかねます」

暫しの沈黙の後、返されたラビィの言葉は素っ気無いものだった。
素っ気無い。そうラビィの言葉を感じた自分に私は愕然とした。
私は一体何を期待していたのだろうか。「そんなことは御座いません」、「気になされ過ぎです」などといった否定の言葉をラビィが返してくれるとでも思っていたのだろうか。なんて、なんて身勝手で自惚れな考えなのだろうか。
そんな自分に自己嫌悪した。





三ヶ月も経つと、後宮の暮らし、その現状が大方把握することができた。
ヨルダン様が昼間に後宮へいらっしゃる頻度はまちまちで、週に1度の時もあれば、毎日のように顔を出すときもある。夜間は毎夜お気に入りの妾后たちの部屋へ行っているようで、足が途絶えたことはないようだ。といっても、同じ妾后に連続でも3夜通えば良い方である。大抵がローテーションのように、夜毎訪れる妾后を変えているようだ。
ヨルダン様がいらっしゃられない間は、妾后たちは自分の好きなことをやっているようだ。妾后たちの社交場であるお茶会は頻繁に開かれており、大事な情報交換の場となっている。かく言う私も、あれから3度ほどお茶会へ顔を出している。お茶会に参加することにラビィはあまり良い顔をしないが、日がな一日部屋で鍛錬をしていても飽きてくる。ラビィ以外の他の人と話すことも、この退屈な日常の一つのスパイスとなる。
また、もう一つのスパイスとして、王子の来訪があげられる。





[前へ][次へ]

14/67ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!