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幻想
10






かく言う私も、陛下の御世継ぎ誕生に心から喜んだものだが。
しかし、目の前の子どもは一体何なんだろうか。
厳正なる審査を行い決定した乳母に育てられながら、立派な後継者になるべく勉学に励み、一国の主に相応しい気品や振る舞いを覚えていっているのではないのか?
まるで町にいるやんちゃ盛りな普通の子どものようではないか。

あまりにも信じがたい現実に、頭を抱えたくなる衝動を掻き立てられる。
いや、しかし世継ぎの男児であらせられるのだ。少しくらいこのように、腕白な方が良いのかもしれない。そう言い聞かせ、自分に納得させようとしていると、私の反応が無くてつまらなかったのか、はたまた別の理由からか、現れたときと同様に殿下は木々の中へと姿を消してしまっていた。突如として現れ、突如として消えた侵入者に、私は暫しその場で唖然として立ち尽くしていた。

部屋に帰ると、夕食の刻限だった。
一人卓に着き、豪華な食事を採る。側でラビィが直立不動で立っている中での食事にも大分慣れつつある。食後の紅茶を飲んでいると、扉の外から中へ呼び掛ける声が聞こえた。直ぐにラビィが取り次ぎに扉へと向かうが、職業柄、そちらにずっと意識を巡らせてしまう自分がいる。後宮の、まだ灯りも消えない時間に、無法者が現れることはないと分かっていたとしても、習慣として気が抜けない。
なんて、後宮に入った私には必要の無くなった習慣なのかもしれない。増してや、男であり、王の寵愛を受ける可能性すら全くない私を害する者などいる筈もない。

自嘲気味に鼻を鳴らすと、応対を終えたラビィが手に書簡を携え戻ってきた。

「ラウル様に、アナスタシア様から、お茶会へのお誘いの書状で御座います」

そう言って、ラビィは手にしていた書簡を渡してきた。
それを受け取り、開いてみるとそこには確かにラビィの言った通り、第一妾后であるアナスタシア様から私へのお茶会のお誘いの言葉が書かれていた。淡い桃色の洋紙に、女性らしい繊細な字で時候の言葉を頭に、私の入宮についての心を砕かれたお言葉、そして私の後宮入り歓迎を込めてのお茶会の開催、お誘いの旨が記されている。

「ラウル様」

男である私が入宮させられたことを憂い、激励のお言葉を掛けて下さったアナスタシア様。以前拝見したお姿を脳裏に浮かべては、なんて外見に見合ったお優しいお心の持ち主であらせられるのだろうと歓喜に胸が震える。
そんな私に声を掛けてきたのは、側で顔を強ばらせているラビィだった。

「行ってはなりません」

ラビィの凛とした声が部屋に通った。
あまりの真摯な様子に、私の背中に緊張が走り、歓喜に浮ついていた心が引き締まった。歓迎を兼ねてのお茶会に欠席するという不義理を致せと言う理由が私には分からなかった。しかし、理由も無くラビィがそのようなことを言うとは思えない。私はラビィに理由を尋ねてみた。

「お茶会と言っても、決してラウル様が想像しているものではあり得ません。あの場にあるのは、女たちの醜い欲望の鬩ぎ合いだけ。互いに互いの粗を探しては、嘲り合う、そんな不毛な場なのです」

時折辛そうな顔をしながら、ラビィは話してくれた。まるで実際にその場を見てきたかのように語るその姿に、私の前に誰か他の妾后に着いていたのかもしれないということに気付かされた。よくよく考えれば当たり前のことではあるが、ラビィがあまり自分のことを話さないので、失念していた。

「でも私は男だ。彼女たちの立場を脅かす存在ではあり得ない。それは彼女たちも分かっているだろう」

それなのに中傷の対象になると?
言外にそう匂わし、ラビィに告げる。
ラビィの言う通りであるならば、確かにお茶会は不毛な場所となるだろう。しかし、わざわざ第一妾后のアナスタシア様が、歓迎を兼ねて開催して下さった場である。これを歓迎される側である私が欠席することは、アナスタシア様の顔に泥を塗ることになってしまう。

「私が懸念しているのはそこなのです」

私の言葉に、ラビィはハッキリと返す。






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