[携帯モード] [URL送信]

幻想
9






その一件から、私とラビィの距離は僅かながら近くなったように感じた。端から見たら分からないような距離だ。それでも確実に近付いた一歩に、私は充実感を感じていた。

そんな些細なことに喜びを感じつつ、気が付けば後宮に暮らし始めてちょうど一週間が経っていた。その間私がしていたことと言えば、筋力トレーニングと剣術トレーニングくらいだった。本来ならば剣を用いて剣術の鍛錬を行いたかったが、後宮内に武器の持ち込みは禁止されているため、それは叶わなかった。そのため、代替え品として木の棒で素振りや型の練習などをして、腕が衰えないようにするのが日課となった。
王の居城の次に厳しい警備を誇る後宮で、剣術の必要になる時が来ることはないだろうし、また妾后となった私が再び騎士として勤めるようになることもないだろう。私が行っていることは全て無駄なことかもしれない。しかし、生活の一部となっているトレーニングを切り離して生きていくことは、最早不可能だった。

トレーニングが一段落すると、真の自由時間が訪れる。大体は書物を読んだりするのだが、やはりずっと読んでいることなどできない。庭先に出て後宮の広大な庭園を散歩するのが、今の私の息抜きとなっていた。
後宮では各妾后の住まいにそれぞれ庭があり、自分のテリトリーとしてカスタマイズすることが可能だった。私などはあまり造園に詳しくなく、また興味もないため、全てラビィや庭師任せとしているが、他の妾后様の庭はそれは四季折々の素晴らしい花々が咲き誇っているようだ。
後宮の中庭は羅針盤のように広がっていて、その一画一画が妾后に割り当てられている。従って庭をある境まで歩いていけば、他の妾后の庭になる。ここでは妾后たちの縄張り意識が非常に強いらしく、他の妾后の庭に断りなく入ると侵入者扱いされてしまうとか。だから散歩に出るときは、決して他の妾后方の領域を侵さないよう注意して進む必要がある。

まだ後宮入りして間もない私の庭は、大部分が最初からあった木々が植えられたままになっている。私としては初期状態のまま保ってくれて良かったのだが、庭というものは妾后毎の色に染める必要があるとか伝統がどうとか庭師に強く言われ、根負けした。花のことなど何も知らないし、ましてや自分の色と言われてもピンとこない私は、庭のことは全てラビィと庭師に任せることにしたのだ。そんな庭も少しずつ姿が変わってきている。その些細な変化を発見するのが楽しみで、私は散歩をするのが良い気分転換になっていた。

今日もまた訓練後に散歩に出掛けた。
そこで奇妙な客人と出会うことになるとは、そのときの私には予想だにしなかった。

日中は日差しもあり暖かかったが、夕方にもなると少し肌寒い。まあ動いていれば気にならない程度だが、あまり長居はしない方がいいだろう。
早々に切り上げて、部屋に戻ろうとすると近くで何かの気配を感じて、その場に足を留める。実戦から離れても尚健在の、感じの鋭さに内心安心を覚えながら、気配の出所に気を巡らす。殺気はない。身の危険はないだろうが、不法な侵入者だ。場合によっては守衛に明け渡す必要があるかもしれない。
僅かな足音も聞き逃さぬよう耳を澄ませ、有事の際に備える。

しかし、そんな私の前に現れたのは、まだ5、6歳の小さな男児だった。

「うわっ!何だ、お前っ!!」

緑の中から飛び出してきた男児は、私の姿を見つけ、驚きに声をあげた。
白を貴重とした正装に至るところに葉を身につけた出で立ちに、直ぐに王太子殿下であらせられるのに気付く一方、どうしてここにいるのか疑問が浮かぶ。
我が国では、王太子は生まれて直ぐ生母から離され、選任の乳母に王宮で育てられる。それは継承者争いの為、王太子の暗殺が行われるのを防ぐためとも、妾后の権力争いに巻き込まれないようにするためとも言われている。
そのため、王太子が後宮にいるはずがないのだが―――。

「って、お前男じゃねえか!!?」

………本当に王太子殿下だろうか。
自信がなくなってきた。
服にたくさん付着している葉から、正式な方法で後宮に入った訳ではないことが窺える。大方どこかから忍び込んだのだろう。一国の王太子が、まさかそんなことをするはずがないと思いたいのだが、他に子どもが城の敷地内にいるはずがない。ましてや身にまとっている服の上等さを見れば、殿下の他には考えられない。

まだ私が元服する以前、屋敷で騎士になるべく鍛錬を行っていた頃に、陛下の後継者の誕生の報せが国中に告げられた。それまで御子はいても、皆女児だったために継承権を保有する御子息が陛下にはいなかった。そのため、この報せに国中は大いに盛り上がり、ひと月もの間国中の至る所で祝杯ムードが漂っていた。





[前へ][次へ]

9/67ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!