[通常モード] [URL送信]

幻想
5






円形に拓けた中庭の中心部にやって来ると、女性の高い声が聞こえてきた。そこで侍女は歩を止め引き下がると、アルベルト殿が声のする方へ声を掛けた。

「連れて参れ」

途端、今まで飛び交っていた声が止み、時が止まったかのように思われた。
その声は低く、真の通った強い声。
聴くもの全てを委縮させる、王者の声だ。

「ラウル様、これより王の御前となります。承知の上とは存じ上げますが、くれぐれも無礼のないようお願いします」

潜められたアルベルト殿の声に小さく頷きながら、私は極度の緊張に見回れた。
王には騎士になった折りの入軍式で遠くからお顔を拝見したこと以外面識がない。そんな王にまさかこんな近くで直に会うことになろうとは。しかもまさか後宮で……。本来ならば到底私などがお会いできる立場の方ではない。
お目通りを促すアルベルト殿に私は腹を決め、足を踏み出した。

「ラウル・トッティーニで御座います」

緊張に震える脚を叱咤し、何とか王の御前まで進む。王は石段の上の広場の長椅子に優雅に身体を預け、周りに見目美しい女性たちを侍らせて、こちらを鋭い眼差しで見詰めていた。直ぐさま石段の下で片膝を地面に付け、頭を垂れる。王族に謁見する際に義務付けられている最高礼である。謁見者は王に声を掛けて頂くまで頭を上げることは許されず、その礼を崩してはならない。

「頭を上げい。主がトッティーニの次男か」

近くで拝見する王は神々しく威厳に溢れていた。まだ三十も半ばというお若いお歳であるにも関わらず、その貫禄は優に私の父上をも超す。私はこのような素晴らしいお方を御守り申し上げていたのだと改めて実感し、誇らしく思う。

「主にはここで一生過ごしてもらう。何、別段不自由をさせるつもりはない。何か必要なものがあれば侍女に申せ」

「はい」

一介の騎士である私が王に声を掛けられた事実に歓喜する。普通に考えればとても名誉あることなのだ。その上その言葉の優しさに、胸に熱い思いが込み上げてくる。なんて慈愛に満ちられた方なのだろうか。男の身分でありながら、後宮にあがることになる私を気遣って下さっているのだろう。

「ヨルダン様」

「何だ」

真っ直ぐに王を見つめる。王は何をお考えになり、私をここに召し上げたか全く計り知れないが、私の心はされど変わってはいない。それを王に、ヨルダン様に伝えなくては。そんな思いに私は駆られ、自ら口を開いていた。

「私は王の一配下とし、王の御身をこの命に代えても守っていく次第であります」

私は女ではない。だから王を慰めることは出来ない。しかし私は騎士だ。ここで騎士の魂に恥じぬよう王の御身を守っていこう。
それが男として後宮に身を置くことになった私のヨルダン様のためにできる唯一の貢献だった。
すると突然、高らかな声が木霊した。ハッと弾かれたように正面を見ると、ヨルダン様が笑っていらっしゃる。私が呆然としてヨルダン様を見ていると暫くして、笑いが収まり、次に今さっき笑っていたとは信じられない程冷たい顔でヨルダン様は私を睨み付けた。

「詭弁だな」

一瞬何を言われたかわからなかった。ただその音の冷たさに背筋が凍った。
何かヨルダン様の機嫌を損ねることを言ってしまったのだろうかと慌てて言ったことを反芻する。






[前へ][次へ]

5/67ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!