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幻想
3







「……言ってはならん。その先は言ってはならんのだ………。我等は王の隷属。我等が王が絶対なのだ」

その声の激しさに打ちのめされた。息を顰めながらにしても父上の頑強な意思が私まで伝わってきた。王への絶対服従の姿勢。それは王の配下として長い歳月を生きてきた一族の証。誇り高き貴族の血である。それは、私にも受け継がれた気高き血だ。
王がどんなお考えを持とうと、配下である私たちはただその命を一身に応じるだけである。

「父上………今宵は、最後の里帰りを堪能させて下さい」

後宮に召されるからには、二度と生家へ戻ることはない。女性であれば、王の寵愛が薄まれば生家へともどされるが、男であり人質の立場として召される私はそうはいかない。
今宵が最初で最後の里帰りとなるだろう。この目にこの家を、この町を焼き付けていこう。いかに我が領地が素晴らしかったか。……もう生きてこの地を踏むことはないだろうから………。

日が暮れるまで、私は領地を散策した。トッティーニ家が所持する領地は、国でも治安の良い場所である。貴族である私が1人で出歩いたとしても大丈夫な治安の良さとなっている。道行く人は皆親しげに私に声をかけてくる。久方振りの帰郷に町の者も喜んでくれていた。明日になれば、二度とこの地に戻ることは無いことを思うと、町の者の言葉に胸が抓まれそうであった。
日が傾き始めると私は屋敷へと戻って来た。屋敷に帰ってきた私を出迎えてくれたのは、トッティーニ家を継ぐ6つ上の兄だった。兄は父上から話を聞いているのか、沈痛な面持ちで私の前へ現れた。6つ上の兄は私とは違い非常に優秀な人間で、元服してから直ぐに父の補佐として働いている。この兄あればこそと、私は屋敷を離れ、騎士に志願することができたのだ。その兄が今、初めて見せる顔を私に見せている。このような顔をする人ではなかったのだ。だからこそ余計に、私は現実を感じた。

晩餐は盛大に行われた。屋敷に仕える者は私が里帰りして来たからだと思っている。それでいいのだ。彼らに真実を伝えることもない。彼らの笑顔をこの目に焼き付けて行きたい―――美しい思い出として。晩餐の後に父母や兄の下を尋ね、別れの挨拶を済ました。父上や兄はただ黙って私の別れの言葉を聞いていた。一方母上は目に涙を浮かべ、私との別れを惜しんでくれた。


早朝。父上と母上、そして兄だけが私の旅路を偲んでくれた。永遠の旅だ。従者たちは何も知らされていない。でもそれでもよかった。昨日の父上を見て私も決心が着いた。私は王の忠実なる下僕。総ては王の御心のままに。

正装をした私を乗せた馬車が王都へと向かう。
故郷に永遠の別れを告げて。
馬車の窓から、子どもの頃から慣れ親しんだ景色が遠ざかっていくのをただただ、私は見詰めていた。





道中、別れ際に父上が言った言葉が頭の中を占めていた。

『我らが王は今、困惑の時期を迎えていらっしゃるのだ。ラウル、お前は王のお側でお支え申し上げなさい』

つい最近のことだ。王の身辺で何かが起こったのは。
以前はそうではなかったというのに、ここ二、三年突然上級貴族の娘たちを自分の妾后に召し上げ始めた。これの裏にどういったお考えがあるのか私には到底想像も付かない。だがそこには何か意図があるに違いない。何か重大な王の意図が……。

馬車に揺られること三日、漸く王都に到着した。国一番の都ということで、とても大きな都市である。人の出入りも多く、活気に溢れている。道も隅々まで整備されていて、街並みも美しい。私は騎士となってから、王都にある宿舎に住んでいるがそこへは寄らず、急ぎ城へ向かった。休むことなく走らせ、城内へ向かった。

「お着きになりました」

「ああ、分かった」

馬車のドアが開けられ、私は外へ一歩、足を踏み出した。私を迎える為に多くの人間がアーチを描いていた。私がその中を歩いていると前方から一人の文官の格好をした男が現れた。






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あきゅろす。
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