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幻想
2




「ま、まさか……王が………」

「は?」

父上に一礼し、室内へと歩を進めると、目の前の父上が顔が蒼白に変わっていく。異様なまでの変化に眼をこらして父上を見ていると、何やら右手に書を持っていることに気付いた。

「父上…一体……?」

握り締めた手に、原因はあの書にあるらしいことを知った。父上と私の間に沈黙が走る。父上の視線はどことなく覚束なく、私を避けているように見える。一層不審に感じ父上を見つめると、一瞬父上の視線と私の視線が重なった。

「す、すまない……ラウル。………王都に、………我らが王の元に………」

「我らが、王の元………?」

何を言っているのだろうか。私は国の、王の軍隊にいるのだ。これまでずっと騎士として仕えてきた。何を今更王の元へと言うのだろう。
しかし私がその真意を尋ねても父上は口を開かなかった。
ただ青白い顔で唇を微かに震わせ、視線を此方に向ける。その視線の何と弱弱しいことか。以前見た父上からは想像できない姿だった。一体何がそうさせているのか。その書は一体何なのか。父上へ尋ねようとしたその時。窓から強い風が吹いてきた。一陣の風は机に置いてある資料を巻き上げる。

「うおっ………!?」

室内を飛び散る資料に父上がたじろいだ瞬間だった。再び強風が吹き込み、父上の手の内の書をさらっていった。

「……っ!?ま、待て!拾ってはならん……!!」

父上は宙に舞う書へ手を伸ばすが、無惨にも書は父上の手を擦り抜け私の目の前に落ちた。心臓が激しく脈打つ。本能が父上の制止を振り切り、これを取れと呼びかける。そこには、父上を悩ます事象が記されている筈だ。逸る気持ちを抑え、私は本能に従うままに手を伸ばした。

「…何ですか、これは………」

紙を持つ手が震える。信じられない。何故、こんなことが……。




ラウル・トッティーニ

上記の者は妾后として王都に召されし。尚、これは王直々の勅命である。従わない場合は国家に叛意ありと見なし、貴族位を剥奪する。




父上の名前宛てに送られてきた書には、正しく王家の印が押されていた。見紛うことない王の勅命書である。

「何故です!何故こんな……妾后など……!!」

貴族の娘が王の妾后として後宮に召されるのはよくあることである。それは政治的な意味を孕み、政略結婚の一つである。だがしかし、男子が後宮に召されるのは所謂人質としてである。子の成せない男にとって後宮に上がるということはそれを意味する。
何代か前の王の時代。跡継ぎ問題から内乱が起こった時代があった。その際、王は貴族を味方に付けるため、その息子を後宮へ監禁した。息子を人質に捕られた貴族諸侯は、王側へ付き、王はその内乱を治めたとされている。そういった前例故に、男児を後宮へ上がらせることは法で許されている。しかしその意味することは、昔と変わってはいない。

トッティーニ家は今では力なく、政治から遠い所にある。勿論父上も、王に叛意など持ってはいない。それなのに、何故我が一族から人質などが要求されたのか。全く思い当たる節はなかった。一体何故このようなことを……。

「王は一体何を……」

「言ってはならぬっ!!」

父上の一喝が部屋に浸透していった。私の口はその凄まじい気迫に圧され、続きを発することは出来なかった。





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あきゅろす。
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