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お題
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「・・・そうか」

眉間の皺が取れ、懸念事項が消えたのか兄は、再び平静を取り戻した。
随分あっさりしているけど、もう隆典のことは良いのだろうか。

「隆典がどうかした?」

思わず疑問に思って、兄に尋ねていた。

「いや、良いんだ。勘違いだったようだ。友だちなら良いんだ」

まさか、隆典と知り合いなのだろうか。

追及してみたかったものの、兄があまり聞かれたくなさそうだったため、諦めた。
あの隆典の様子から初対面だとは思うけど、明日一応、隆典に聞いてみよう。

再び沈黙が落ちる。
ただこの沈黙は、決して居心地が悪いものではなくて、互いに自然体でこの空間を過ごしていた。

今までの関係が嘘かのように、僕らは自然体で過ごせるようになっていた。僕は兄に圧迫され自分の意見を飲み込むことがなくなり、兄は機械のように冷たかった態度がいくらか緩和されたような気がする。
一緒にいて息が詰まるようなことがなくなり、まるで空気のような存在。居ても居なくても分からないという訳ではなく、あって当たり前、居たら安心するような、そんな感覚。

「そう言えば、今日は帰りが早いんだね」

まさかこの時間帯に兄と会うことになるとは思わなかった。いつもならまだ仕事中の筈だ。

「ああ、今日はこの後会社の飲み会があるから早く仕事が終わった。一度家に帰ったら、また出掛けなければならない」

飲み会ということは、帰りが遅くなるのだろう。
兄は家では一切酒を飲まない。きっとあまり酒が好きではないのだろう。しかしこういった仕事の飲み会には、しっかりと参加する。付き合いは良いみたいで、飲み会の時は帰宅が深夜になることが多い。

「じゃあ夕食は?」

「採らないで出掛けることになる」

「そっか・・・」

兄が食卓を囲まないことに、知らず溜め息が出てしまう。特に兄がいるからどうとかある訳ではないが、残念に思う。

「そんな顔をするな」

優しく頭を叩かれる。
大きな掌から、兄の温もりが伝わってくる。

「犬が飼い主にかまってもらえなくて拗ねてるみたいだ」

まるで子どもをあやすように数回、頭を優しく叩かれた。

「なに、それ」

兄の例えについ噴き出してしまう。

「僕は犬じゃないよ」

「そうだな」

兄の脚が止まって、僕は振り替える。
一体どうかしたのかと怪訝に思ったが、次の瞬間にはそんな気持ちは吹き飛んでいた。

「私の弟だからな」

颯爽と横を通り過ぎる兄に、僕は一人その場に取り残された。脳裏に目の前に居た兄の顔が浮かぶ。



それは、とてもとても優しい笑みだった。



胸の高鳴りを感じた。
それはまるで恋を感じさせるもので。

血の繋がった兄に、そんなことはあり得ないと自分自身に否定をして、僕は兄の後を追い掛けていた。




おわり






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あきゅろす。
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