[携帯モード] [URL送信]

お題
5周年記念小話第2弾












「それでは、くれぐれも祥一さんのことをよろしくお願いしますね」

玄関先で柊が、“代用品”に念押しする。
その光景を壁に寄りかかって横目で見守る僕。
柊は、スーツにワイシャツ(しかも第一ボタンまでしっかり留めてる)、ネクタイといった出で立ちで、左手には愛用のパソコンが入った鞄を持って、代用品の男に強い眼光を向けている。
それを代用品が緊張した面持ちで応じている様は、情けなくもあり無様である。

柊が仕事の用でどうしても出掛けなくてはならないと告げてきたのは、昨日のことだった。四人目の見張り役が解任になって、柊がその跡を継いでから始めてのことだ。
僕が柊を出し抜いて店から逃げ出したことを、柊は不覚だと思っているのか、未だに根に持っていて、それからというのも厳重な警戒態勢を敷いてきた。
幸運にも、外出禁止令を出されることはなかったが、出掛けるときは僕から片時も目を離さず、まるで影のように付き従ってくる。

そんな柊だから、自分が留守にするときにも余念がない。自分の代用品にもしっかりと言い付けている。
本当に、真面目で、お堅い性格をしている。

そんなことはいいからさっさと行けよと心の中で念じながら、こちらに背を向けてドアを開ける柊を睨みつける。
しかし、いつもいる柊が今日はいないということはなんて心が晴れ晴れすることだろう。もうこのまま帰って来なくていいのに。

ガチャンという大きな音ともにドアが閉まり、柊が出ていった。
これで男が帰ってくるまでの間、束の間の休息を十二分に味わうことができる。

リビングに戻り、二人掛け用のソファにダイブする。弾力性のある触り心地の良い素材に包まれて、暫し幸せな気分を堪能する。
そんなことをしていると、代用品がリビングにやって来た。

代用品は、これまでの見張り役と同様に、ガタイの良い、強面なタイプの男だった。
男の部下にはこういう男しかいないのだろうか。もっとこう、見てて楽しめる綺麗どころとか、人懐っこい犬みたいなかわいい奴とかが見張り役だったら、僕も今より日々を退屈しなくて済むのに。

だけど代用品は、全く正反対のタイプだし、しかも僕の好みのタイプじゃない。
でも、まあ、暇潰しにはなるかな。
僕はむくっとソファにうつ伏せになっていた身体を起こし、仁王立ちする代用品の下に近寄っていった。

「ねえ」

僕は人好きのする笑顔で代用品に話し掛ける。しかし返事はない。
多分無闇に僕と話すことを禁止されているのだろう。以前の見張り役がそうだったように。
こんな反応に慣れっこな僕は、男の無視を気にせず、更に話し掛ける。

「そんなところに突っ立ってないで、一緒にベッドで休まない?」

ストレートな誘い文句を口にして、僕は代用品の胸に寄り添うようにして身体を預ける。弄るように手を代用品の胸板に添えれば、完全に堕ちる。
それが僕の経験則だった。
しかし、男から帰ってきたのは厭に冷静な拒絶の言葉。

今までの見張り役は、僕が少し色気を振り撒けば、動揺を隠せずあたふたとしていたというのに、この代用品は何も変わらずに立ち尽くしている。
これには僕のプライドが傷付けられる。

こうなったらあらやろ手段を使って、この代用品を落としてやろうと意気込もうとする。しかし直ぐに、そんなにムキになっている自分に気付き、馬鹿馬鹿しくなってしまった。

「あーあ、つまんない。いいよ、じゃあ僕一人で寝てるから。入って来ないでよね」

先程の人好きしそうな笑顔から一転、不機嫌そうな顔をして、僕はリビングから寝室へと向かった。
寝室へ入ると、代用品への怒りが再発する。僕の誘いをあそこまで躊躇なく断るなんて。ムカつく。
クッソー何かアイツを困らせてやりたい。
そんな悪意の思いが胸に沸き起こってきた。そこでふと、ある妙案が思い浮かんだ。

僕は徐にクローゼットの戸を開けた。
寝室のクローゼットは、前側と後ろ側と分かれていて、かなり奥行きがある。前側には一面男のスーツ等が掛けられていて、後ろ側には冬用コートが数着だけ掛けられていて、まだ余裕がある。
僕はその後ろへと自身の身体を滑り込ませ、クローゼットの戸を閉めきった。そうすると、完全に中は真っ暗になる。

前側にある男のスーツが僕を隠してくれるため、掻き分けない限り、僕の姿が見えることはない。ここにいれば、代用品は僕がいなくなったと思うはず。
クローゼットを開けたくらいじゃ僕に気付くこともできないだろうし、代用品は焦るはず。なんて素敵な意趣返しだ。

ただ一つ不満なのが、その困った代用品の顔を僕が見ることができないということだ。
まあこの点は、焦りに焦った代用品の声が聞けるから良しとしよう。
さて、それじゃあいつ代用品は僕が消えたことに気付くかな。
早く気付いて、慌てふためけ。











数十分経過して、僕は自分の失態に気付いた。
寝室に来るとき代用品に、寝るから入って来るなと言ってしまっていた。
これじゃあ代用品は僕が寝てると思って、わざわざ見に来ないじゃないか。
まあこのまま待って、夕食の時間になっても僕が起きてこないとなれば、流石に代用品も起こしに寝室まで来るだろう。
それまでここで待っているか、それともこんなことは早々に諦めてクローゼットから出てくるか―――――。














気が付けば、本当に眠ってしまっていたようだ。悩んでいるうちに眠気に襲われたのか。
冴えない頭で、クローゼットの外の状況を把握しようとする。
別に寝る前と全く変わらず、静かなままだ。もしかしたら、そんなに時間が経ってないのか。暗闇の中、携帯もないし、今の時刻が分からない。

すると突然、ドアの開く音が聞こえた。
そして誰かと誰かの喋り声。
片方は代用品だ。もう片方は………聞き慣れたあの男の声。
男が帰ってきたのか?もしかして、あれからかなりの時間が経っているのか?
クローゼットの中では何一つ分からない。
仕方なしに、耳を顰め、男たちの会話を盗み聞きする。
細かい内容までは分からなかったが、どうなら代用品が男に平謝りしているみたいだ。
どうしてだ?何かしでかしでもしたのだろうか。

そんなことを考えていたら、男の荒々しい足音が聞こえてきた。
直ぐ近くで戸が開かれた音。
寝室に入ってきたようだ。

「本当に申し訳御座いません!気付いたときには、もういらっしゃらなくて……。寝ていられると思ったのですが」

はっきり聞こえたのは代用品の情けない声。
男に続いて代用品が寝室に入ってきたようだ。
しかし……代用品の話しぶりからすると、僕の企みは見事成功しているようだ。
さしずめ、僕がいないことに気付いた代用品が男に連絡でもしたのだろう。
そして男が飛んで帰ってきたのか。

まあ現状は大方理解した。
さて、問題はこの後だ。
どうしようか。
素直に姿を現そうか。
それとも見付けられるまで、ここで息をひそめておこうか。

2つの案を比べて、どちらもカッコ悪いことに気付いた。
クローゼットの中に隠れていたなんて、無様過ぎて男に知られたくない。
二人が寝室を出ていった後に、出て来て、何事もなかったように二人の前に姿を現そう。うん、それがいい。
そうと決まったら、早く寝室から二人が出て行くことを願う。
しかし、なかなかその気配はない。
いや、むしろ最悪なことに、男たちは布団ならカーテンやらをひっくり返して、一つ一つ調べ始めた。
これでは見付かるのも時間の問題か。

そう思った瞬間、クローゼットの戸が開かれた。




心臓がウルサいくらいに鳴り響く。
こんなときくらいもっと静かにできないのかと叱咤したくなる。
まあ不可能だけど。

「クローゼットの中は一応探したんですけど……」

ナイスなことを代用品が、男に報告する。
どうやらクローゼットを開けたのは男の方のようだ。つまり、今スーツのカーテンを隔てて向こう側に立っているのは、男ということか。
ゴクリと喉が鳴る。
手に汗握る展開とはこういうことを言うのだろう。きっと。

早く閉めろ!
さっさと寝室から出てけ!

そんな僕の願いは、次の瞬間、スーツのカーテンを左にスライドした男の手によって、無惨に打ち破られることになった。





「こんなところで何をしている」




そんな男の台詞を、僕は人生最大の羞恥心を覚えながら聞いていた。

















「クローゼットの中などといった小さな密室に長時間いるのは、酸素濃度が著しく低下するためあまりオススメできることではありません」

至極丁寧に小さな密室に長時間居座ることの危険性を柊が語るのを、僕は半ばヤケになって聞いていた。

「“かくれんぼ”をなさるのでしたら、もっと有効な隠れ場所を選んでいただかないと」

僕を馬鹿にした言い種に、いつもなら嫌みの二つ三つは返してやるものの、今回ばかりは返す言葉もない。

昨日の出来事は、直ぐ柊の耳に届いたらしい。話を聞いて柊は馬鹿にした笑みを浮かべ、僕にかくれんぼは楽しかったですかと聞いてきやがった。
柊の奴、絶対許さない。
いつか絶対泣かす。

まあ、今はまずそんなことよりも、この場に穴があったら入りたい。
なんて無様な結末なんだ。

この出来事は暫く僕の胸に大きな傷跡を残すことになった。












―――――――――――――

あとがき

5周年記念小話第二弾。
投票2位にランクインした『淡い気持ちは茨に消えて』の短編です。
本編終了後から数ヶ月後の一幕。
攻めが全く出てないという……。
まあほのぼのしたのを書いてみました。

それにしても、エロがないくせにかなり長くなってしまいました。
なんでだろう?

祥一は鷹史や柊の前では、結構なカッコ付けたがりやだったりして、意地を張ってしまう方だと思う。





20120208







[前へ][次へ]

9/11ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!