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お題
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綾乃さんの横顔には、そのときのことを思い出しているのか苦渋の色が浮かんでいる。

「時が流れ月日が経つと、夢を見なくなった。………咲、君はその悪夢の内容に覚えはないの」

自分の話に終止符を打つと、綾乃さんは話の矛先を僕に向けてきた。綾乃さんの真剣な眼差しが僕を突き刺す。
何か日常生活でのショックな出来事が、夢となって現れているんじゃないのと綾乃さんは言う。しかし、そんな出来事、僕には思い付かない。いや、もしかしたら、“僕”の記憶ではないのかもしれない。記憶喪失以前の僕の記憶なのかもしれない……。
僕は一体、何なんだろう?
今まで、京丞さんや真柴さんたちに凄くよくしてもらえて、とても幸せであまり深く考えてこなかった。僕って一体、誰なんだろう。何をしていた?どこで生まれたの?友だちは?両親は?

「咲?」

思考の海へと潜っていたせいで、綾乃さんをほったらかしにしてしまっていた。何の反応も返さない僕に、痺れを切らした綾乃さんは名前を呼んだ。

「あ、すみません。あの、その、思い当たることがなくて……」

そして、実はと続け、僕は記憶喪失なことを綾乃さんに告げた。だから、分からないと。綾乃さんは顔に驚きを浮かべ、僕を見つめた。そして何かを考え込むように、じっと視線を地面に向け黙り込む。

「………その出来事が切っ掛けで、記憶喪失になったんじゃないの」

ぼそりと呟かれた綾乃さんの台詞。
衝撃が身体を走った。

確かに、そうかもしれない。一理ある。
忘れたかったから、忘れた。
だから全く心当たりがなく、覚えていないんだ。
何故かとても視界が開けたような気がした。

「そうだと仮定すると、頻繁にその夢を見るのは、もしかしたら記憶が戻ろうとしているのかもしれない」






記憶が、戻る。

それは、今までずっと望んでいたこと。
でもあの夢が僕の記憶なのなら、思い出したくなんかない。あんな、あんな怖い夢。
あれは、僕なのだろうか。
僕は死にたがってたのだろうか。
………分からない。

「何にせよ、あまり深く考え込まない方がいいと思うよ。自分を追い詰めることになっちゃうからね」

ポンっと綾乃さんの手が肩を叩いた。
それだけで少し元気が出た。
そう、あまり考えちゃいけない。
考えれば考えるほど、自分がネガティブになっているのが分かる。こんなんじゃいけない。そうですよねと返すと、僕は思考を振り払うように、頭を左右に振った。







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