お題 21 綾乃さんの横顔には、そのときのことを思い出しているのか苦渋の色が浮かんでいる。 「時が流れ月日が経つと、夢を見なくなった。………咲、君はその悪夢の内容に覚えはないの」 自分の話に終止符を打つと、綾乃さんは話の矛先を僕に向けてきた。綾乃さんの真剣な眼差しが僕を突き刺す。 何か日常生活でのショックな出来事が、夢となって現れているんじゃないのと綾乃さんは言う。しかし、そんな出来事、僕には思い付かない。いや、もしかしたら、“僕”の記憶ではないのかもしれない。記憶喪失以前の僕の記憶なのかもしれない……。 僕は一体、何なんだろう? 今まで、京丞さんや真柴さんたちに凄くよくしてもらえて、とても幸せであまり深く考えてこなかった。僕って一体、誰なんだろう。何をしていた?どこで生まれたの?友だちは?両親は? 「咲?」 思考の海へと潜っていたせいで、綾乃さんをほったらかしにしてしまっていた。何の反応も返さない僕に、痺れを切らした綾乃さんは名前を呼んだ。 「あ、すみません。あの、その、思い当たることがなくて……」 そして、実はと続け、僕は記憶喪失なことを綾乃さんに告げた。だから、分からないと。綾乃さんは顔に驚きを浮かべ、僕を見つめた。そして何かを考え込むように、じっと視線を地面に向け黙り込む。 「………その出来事が切っ掛けで、記憶喪失になったんじゃないの」 ぼそりと呟かれた綾乃さんの台詞。 衝撃が身体を走った。 確かに、そうかもしれない。一理ある。 忘れたかったから、忘れた。 だから全く心当たりがなく、覚えていないんだ。 何故かとても視界が開けたような気がした。 「そうだと仮定すると、頻繁にその夢を見るのは、もしかしたら記憶が戻ろうとしているのかもしれない」 記憶が、戻る。 それは、今までずっと望んでいたこと。 でもあの夢が僕の記憶なのなら、思い出したくなんかない。あんな、あんな怖い夢。 あれは、僕なのだろうか。 僕は死にたがってたのだろうか。 ………分からない。 「何にせよ、あまり深く考え込まない方がいいと思うよ。自分を追い詰めることになっちゃうからね」 ポンっと綾乃さんの手が肩を叩いた。 それだけで少し元気が出た。 そう、あまり考えちゃいけない。 考えれば考えるほど、自分がネガティブになっているのが分かる。こんなんじゃいけない。そうですよねと返すと、僕は思考を振り払うように、頭を左右に振った。 [前へ][次へ] [戻る] |