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お題
俺とあいつの財布事情





残業残業で終電で帰り、家に着いたのは日を跨いだ深夜一時過ぎだった。十時頃に司から着信履歴が入っていたが、折り返し連絡を入れる前に、俺は力尽き玄関で倒れ込んでいた。





俺とあいつの財布事情





「おいっ、和正!何で昨日連絡返さなかったんだよ!」

煩い。頭に響くから、もっと静かに喋ってくれ。………ん?ってこの声は―――。

「……司」

「司、じゃねえよ!」

目の前には、制服姿の司が眉間に皺を寄せて仁王立ちしていた。こいつ、越後屋 司は俺が勤務する会社の社長の息子。ひょんなきっかけで出会い、これまた何が気に入ったのか、司が俺に一目惚れして付き合うことになった。この奇妙な関係は今や、半年も続いている。付き合い始めた当初、司の感情なんてただの麻疹のようなもので、直ぐに冷めるに決まっていると思っていた。
それが実際はどうだ。こいつは冷めるどころか、人の部屋の合い鍵を勝手に作り、こうやって人の許可なしに部屋に入ってきては、我が物顔で居座るようになっていた。

「……今、何時だ」

頭が痛い。しかも少し寒気がする。重い身体を起こすと、そこは玄関だった。そうか、昨日ここで力尽きてそのまま眠っていたのか。

「朝の七時半」

そんな朝っぱらから、お前は人の家に上がり込んでいたのか。ついそう口に出そうとしたが、こいつが来てくれたから会社に寝坊しなくて済んだのだから、口を閉ざすことにした。
寝坊はしなかったものの、悠長にしている時間はない。司の相手なんてしている訳にはいかず、一汗流そうと風呂へ向かうべく、立ち上がろうとした瞬間、視界がぼやけくらっとして身体が傾いた。

「おい、和正、大丈夫か!?」

咄嗟に司が支えてくれたお陰で、床に倒れるなんていうヘマをしなくて済んだ。立ち上がろうとして、くらっとくるなんて、まだ寝ぼけているのだろうか。

「………熱い」

司の支えから身体を起こし、再度風呂場へ向かおうとしたとき、いきなり司が腕を掴んできて、無理矢理俺を部屋の奥へ引っ張っていって俺をベッドに座らせる。がさごそと人の家を漁ったかと思うと、ほらっと右手を差し出してきた。右手には体温計が握られており、強引に俺に手渡すと、突然携帯を取り出しどこかへ連絡をし出した。

俺は手の中にある体温計をぼーっと見つめ、仕方なくそれを脇へ挟んだ。司の奴がよそ行き声で電話の向こうの相手に何か言っているが、内容まで頭に入ってこない。ああ、このまま後ろに倒れてベッドで寝てしまえたら、どんなにいいだろうか。
そんなことを考えていたら、ピピピッという電子音が鳴った。体温を測り終えたのだらうと、体温計を脇の下から取り出すと、電話が終わった司がそれを俺から奪い去った。

「やっぱ熱あるじゃねえか」

「熱だあ?」

司は体温計を見て眉を顰めた。その隙をついて、司から体温計を奪い返し見てみるとなんとディスプレイには38度6分と表示されていた。どうりで頭が痛い訳だ。

「ほら、さっさとスーツを脱げ」

しみじみと自己分析結果を叩き出していると、司が急に覆い被さってきた。そしてジャケットやらシャツやらベルトやらを脱がし、俺の身包みを全て剥いでいった。パンツ一丁にさせられたかと思うと、次は人のパジャマを勝手に引っ張り出してきて、司自ら俺に着せ始めた。流石にこれには俺も待ったを掛けたが、病人は大人しくしろという司の凄みに負け、なすがままになることにした。手際良くパジャマを着せられ、強引にベッドに寝かせられた。

「おい!今直ぐ準備しねえと仕事に間に合わねえんだよ」

「仕事だあ?行かせられる訳ねえだろうが!!今日は休みだ、休み!さっき会社にも電話しといた」

電話、だと?まさかさっきの電話のことか?つまり、何だ。俺の職場に勝手に今日は仕事を休むと司が電話をしたのか。俺にはこんなデッカい息子も年の離れた弟もいないんだぞ!一体どういう風に説明したんだ、司の野郎。まさか、社長の息子云々なんて言ってねえだろうな……!

「まあそういう訳だから、今日1日はゆっくり休んでおけよ」

「ちょ……おい、待て司!」

にこやかに笑ったかと思うと、司は部屋を出て行った。と言っても荷物は置きっぱなしだし、帰った訳ではなさそうだ。
………。
……………。
…………寝るか。
司がいないだけで、こうも静かになるとは。普段は気にしたことがないような、時計の時を刻む音が耳障りに聞こえる。頭が痛い。喉が渇いた………。





「和正!」

大きな声に強制的に目を覚ませられた。何なんだ一体と重い瞼を開けて見てみると、そこには出て行った筈の司が、手に土鍋を持って立っていた。土鍋からはモクモクと湯気が揚がっている。

「司……」

枕元にある時計で時刻を見てみると、寝始めてからそう時間が経っていないことが分かった。中途半端に起こされたせいで凄く眠いが、俺の事情などお構いなしに、司は人の身体を起こし、何かを口に突き出してきた。

「???」

頭からクエスチョンマークを飛ばす俺。熱のせいで、まともに思考が働かない。

「何か食って薬飲んでから寝ろよ。ほら、お粥だ」

そう言って司は再び俺の口にレンゲを突き出してきた。なんだ、お粥だったのか。正直食欲なんてなかったが、司の真剣な眼差しに仕方なく口に入れた。

「……美味しい。お前が作ったのか?」

お粥なんて、鍋に水と米をぶっこむだけで味気も何もあったものではないだろうと思っていたのだが、今までの常識を覆された。ヤバい、美味い。出来立てで若干熱すぎる気がするが、その味は俺が作るどんな料理をも凌駕する。まさかこれを司が俺の為に作ってくれたというのか。

「いいや、うちのお抱えシェフに作らせた」

ガクッ。そうだよな、こんな美味いものをお坊ちゃんのお前が作れる筈がないよな。しかしここは、病気の恋人の為に彼女?が手作りのお粥を作って看病するのがセオリーじゃないのか。で、ちょっと失敗して鍋を焦がしてみたりして。……って俺は何をこいつに期待しているんだ。

食欲がなかったものの、すっかりお粥を完食した俺は、司が使用人に用意させた薬を飲んで眠りに落ちた。





目が覚めると、もう夕方だった。カーテンの隙間から見える空が赤く染まっている。身体のダルさが消え、だいぶ頭痛が治まった。

「目、覚めたのか」

またもや急に声が掛けられ吃驚させられた。てっきり帰ったものと思っていた司が、まだ部屋にいたのだ。しかも朝と何も格好が変わっていない。

「お前……学校は?まさか休んだんじゃねえだろうな」

「まさか。休んだに決まってんだろ」

「あのなー……」

何故にそこまで堂々としているのか理解に苦しむ。お前はどこも悪くないだろうが。学校をこんなことでサボるなよな。

「お前の看病をしてやりたかったんだよ」

司の手が俺に延びる。手はそのまま俺の額に添えられた。

「うん、熱も下がったみたいだな」

満面の笑みを浮かべられれば、もう何も言えなくなってしまう。それにしても、高校生に看病してもらう俺、情けない……。いたたまれなさに、布団から出ようとすると司に止められた。もっと寝とけと言われるが、もう十分寝たし、最早これ以上寝ることなんて出来やしない。そう主張すると、司は俺の上に覆い被さってきた。

「じゃあ看病の礼ってことで、俺の相手をしてもらおうかな」

近付いてくる顔。触れる唇。どちらともなく開かれた唇。絡み合う舌と舌。僅かに聞こえる水音。名残惜しくも一度離れる。

「移ってもしらねえぞ」

「移ったら和正が看病してくれんだろ?」

俺の身体がベッドに沈む。視界が急激に変化し、それ程高くもない天井が現れる。間も置かず、直ぐに司がのし掛かってきて、俺の首もとに顔を埋める。次の瞬間、あの何とも言えない感覚が首に襲ってきて、思わず呻いてしまう。ゆっくりと顔を上げた司と目が合った。

「バーカ」

仕方ねえから、お前が熱出て寝込んだら俺が看病してやるよ。それで、お粥を作ってやる。不味くても文句言うなよな?






おわり



―――――――――
あとがき

久し振りに書いた作品がこれ。
ssのつもりが結構長くなってしまいました。意外や意外。
付き合って半年の二人の姿を書いてみました。案外うまくやっている模様。最早バカップル。

20100704





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あきゅろす。
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