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お題
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「それじゃあ行ってくるわね」

お留守番よろしく頼むわねなんて、もう子どもじゃないんだからと苦笑してしまう。母の照れくさそうな笑みを玄関で見送り、居間に戻った。久し振りの一人だ。

全快して、僕が我が家に戻ってきてから数ヶ月が経った。何かと僕に気を使い、母は僕を一人にしようとはしなかった。そんなに気にする必要ないのにとは思うものの、久し振りの二人の時間に母が喜んでいたのが分かるから、目を瞑った。

それが今日、漸く一人のときを手に入れた。母が父と二人で食事をしに行くからだ。それというのも今日がホワイトデーだからである。バレンタインのお返しとして父がレストランを予約したのだ。母は僕を気にして行くのを渋っていたが、僕の強い後押しで決心したらしい。

「ふー……」

一人の家は、やけに静かで時計の、時を刻む僅かな音でも耳に障る。やることがなくて、ソファで寝そべっていると、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

少しして兄が現れた。今日は早く仕事が終わったらしい。ソファから身を起こして兄を迎える。

「一人か」

「うん、母さんたちはさっき出掛けた」

「出掛けた?」

ネクタイを緩める手を止め、兄は僕を訝しげに見詰めた。

「そう。夜景の見えるレストランで豪華ディナーだって」

「……ああ、ホワイトデーか」

兄は漸く納得したのか、止めていた手を再び動かし始めた。ネクタイを外し、襟の釦を外す仕草は大人の男の魅力を感じる。

「兄さん、大変だったんじゃないの?バレンタインいっぱい貰ってたじゃない」

1ヶ月、兄は両手いっぱいにチョコレートを貰ってきていた。こんな朴念仁みたいな人なのに、どこがいいのだろう。確かに見た目は身長が高く、脚が長く、顔も比較的整っていると思うけど。

「彼女たちも、義理をわざわざ渡さなくてもいいのにな。返す身がもたない」

そう言う兄は、恐らくくれた子一人一人にしっかりお返しを渡したのだろう。律儀な人だから。だけど、本当、人の心には疎いんだよね。
渡されたチョコに“義理”なんてなかった。手作りのものは一目見てそれと分かるくらい手が込んでいたし、買ったものも有名なチョコレート店のものだった。
彼女たちの好意が兄に届くときは果たして来るのだろうか。見たこともない彼女たちに同情してしまう。

「鏡夜」

名前を呼ばれる度、ドキッとする。
最近兄はこうして時々、僕の名前を呼ぶようになった。兄の口から発せられる僕の名前は、父や母が紡ぐ僕の名前とはどこか違う。

「何?」

動揺してしまった心を悟られないように、努めて冷静を装う。

「私たちも、どこかに食べにいこうか」

兄の提案に眼を丸くする。
外は、今日はどこもカップルばかりだろう。兄は分かっているのだろうか?
こんな日に男二人で食事なんて。僕じゃなくても疑ってしまう。

「今日、美味しいと噂のレストランを教えてもらってな」

それは暗に兄に連れて行ってもらいたかったんじゃないのだろうか。
でも。
他の誰でもなく、僕を一番に誘ってくれた兄が嬉しくて僕は大きく肯いていた。

今はまだ、僕だけの兄さんでいて。










おわり



―――――――――――――
あとがき

ホワイトデー企画で執筆。
まさか!まさかこの二人でホワイトデーの話が書けるなんて!!
恋人たちのホワイトデーとは違うほのぼのした感じを目指してみました。



20090822
(20090614 ブログ掲載)





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