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私立緑葉学園1
ホワイトデー






困ったことになった。
私の頭を悩ませるその懸念事項は1ヶ月前に、私の生徒でありながら騎士ローランドからもたらされた。
そう、全ては1ヶ月前。
その日は学内もどこか騒々しく、生徒たちは皆浮き足立っていた。放課後、いつものように化学室に来たローランドを出迎えた私は、彼に椅子を勧めた。ローランドが腰を下ろして直ぐ、彼は自らの通学鞄の中から小さな包みを差し出した。

「これは……?」

「今日はバレンタインデーという日らしいですよ」

「………?」

つまり、これは“バレンタインチョコ”なのか?綺麗にラッピングされた包みをまじまじと見詰める。そこで拙い事に気が付いた。私は何も用意していない。
そもそもバレンタインデーということさえ忘れていた。

「ローランド、すまない―――」

私は正直にそのことを告げた。
何て恥ずかしい。
そうだ、私たちは“恋人”であるのだからバレンタインデーにチョコレートを用意するのは至極当然のことなのだ。それを私は……。
しかしローランドは驚いた顔をした後、優しげな眼差しで私を見詰めてきた。

「そのようなこと、お気になさらないで下さい。巷で美味しいと流行りだったもので、フェルトナンテ様にぜひにと思ったのです」

気にするなと慰めてくれるローランド。
何と私は愚かだったのか。自分で自分が憎らしく思える。

「1ヶ月後は、ぜひ私にプレゼントさせてくれ」

ホワイトデーは必ずローランドに渡そう。
そう強く心に決めて。








それが1ヶ月前。
今日は3月13日、つまりホワイトデーの前日だ。だと言うに、一週間前からずっと悩み続けていたが、未だに私は何も用意出来ていなかった。

「………どうすればいいのか」

ローランドに言った手前、生半可な物では自分が納得できない。何か、何か形に残る物を送りたい。
そんな悩みを抱え、私は保健室に来ていた。
兄様に相談できれば一番なのだが、何分内容が内容である。絶対、聞けない。そんな訳で私は保健室に来ていた。保険医の斗賀野先生もまたこの学園内に恋人がいて、バレンタインデーにチョコレートを貰ったと言っていた。お互い年下の恋人を持つということで、最近になって何かと交流が出来た。

「実は俺もまだ考え倦ねてまして」

「……そうですか」

「店頭で並んでるクッキーを買ってはみたんですが果たしてそれで本当にいいのかどうか」

斗賀野先生も私と同じく頭を捻らせているようだ。先程からぶつぶつとペナルティがどうとか呟いている。

「相手が貰って喜んでくれる物を上げたいんです」

「喜ぶ、か……俺も最近の若者が何が欲しいかさっぱりですよ」

とほほと肩を落とす斗賀野先生。
それから一刻が過ぎたが、良い案が出ることはなかった。

仕方なく私は学園の帰り道に駅前のデパートに寄った。何を買うかは決めていないが、この際仕方ないので目に付いた物を買うことにした。

(これは……)

あるフロアで足が止まった。
ショーウィンドウに飾られた一つの腕時計。重厚な作りのそれは、スイスの有名なブランドが手掛けた物だった。
脳裏にその腕時計を付けて勉学に勤しむローランドの姿が浮かんだ。
将にインスピレーション。
私は直ぐにカウンターに向かった。





次の日、いつものようにローランドは化学室に足を運んできた。

「私に、ですか?」

早速昨日買った腕時計をローランドに差し出した。驚きの中に嬉しそうな表情を浮かべてみせたローランドに漸く安堵の溜め息を付いた。ローランドは包みを丁寧に開け中身を取り出した。

「ありがとう、御座います」

「早く着けてみてくれ」

ないとは思うが、サイズが合わなかったりしたら大変である。早く着けることを促すとローランドは悪戯を思い付いた顔で私にその腕時計を差し出してきた。

「貴方様が着けて下さいませんか」

カッと顔中熱くなった。
私は震える手でそれを受け取るとローランドの願いを果たした。ふと顔を上げると、心の底から嬉しそうなローランドの顔とぶつかった。胸が摘まれたような心持ちで私はローランドから顔を反らし、視線を下に落とした。
視界で捉えたローランドの腕で光るそれに、私は自分のインスピレーションの確かさを感じた。



おわり



――――――――――

これぞ山なし落ちなし意味なし!



20090915
(20090317 ブログ掲載)





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あきゅろす。
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