拍手お礼小話集
1
芸能人のお忍びデートは大変だ。変装しなきゃいけないし、変装したところで分かるファンには分かる。だから僕と仁のデートは大抵日も暮れた夜中に多い。
今日も日が暮れた後、仁の車に乗り込んでドライブに出掛けた。芸能界に復帰した仁は以前にも増して忙しくなり、2人で出掛けるのも2週間振りだ。仕事を終え帰ってきた仁は特に行き先を告げずに(いつもの無愛想さで)ドライブに行こうと誘ってきた。
車を走らせること3時間。あの海が視界に拓けてきた。時刻はもう9時を回っていて、辺りはシンっと静まり返っていた。
「ここか……」
懐かしい場所。
僕と仁が初めて出会った場所だ。
と言っても、とても昔のことなので僕は覚えていないんだけど。
仁はどうやらこの場所が好きらしく何かにつけて3時間も掛けてはここまで車を走らせる。
そう言えば以前―――まだ僕が誤解していた頃―――この場所に来たとき、仁は“初恋だ”って言っていた。それって初めてここで会ったときから僕のこと好きでいてくれたのかな?
「ねえ、仁」
隣にいる仁を呼び掛けると仁はゆっくりとした動作で僕の方を振り向いた。そんな仁に僕はさっき覚えた疑問を聞いてみた。
「仁って、僕と初めて会ったときから僕のこと好きでいてくれたの?」
仁は僕の問いに訝しんでいたけど少しして「ああ」と短い答えが返ってきた。ぶっきらぼうな返答だったけど、それだけで僕の身体は熱くなっていた。
ずっと誰かに思われていたなんてこんなにも恥ずかしくて、嬉しいことだったなんて。
「ねえ、じゃあ仁は僕のどこを好きになったの?」
調子に乗って更に聞いてみると仁は考えるようにして眉を顰めた。
仁が考えている間、じゃあ僕は一体仁のどこを好きになったんだろうと考えてみることにした。
僕と仁の出会いは―――僕の記憶にはない幼少のときのことを抜かして―――最悪なものだった。僕が一方的に仁たち親子を敵対視していた。母さんが味わった苦しみを仁にも味わわせてやろうと躍起になって自分に仮面を被って心を偽った。
それなのに、いつからだろう。
仁に対して抱く感情が、恨みから愛しさになったのは。
ほんの些細なことだったに違いない。無愛想の中に見せる僕への優しさとか、いつでも僕を一番に考えていてくれていたこととか。
理由なんてなかったんだ。
気付けば仁に惹かれている自分がいた。
仁の全部が愛しくなっていた。
改めて考えると凄く恥ずかしくなった。こんなこと考えるものじゃないな。どうか顔の熱がどうか仁にバレませんように。
「………と…」
「え、なに!?」
いきなり声を掛けられて驚いた。
だけど仁は挙動不審な僕の態度に気付かず、導き出したであろうアンサーを返してきた。
「笑顔が……眩しかったんだ」
「へ……?」
少しはにかんだように言ってきたかと思うと、顔にも仄かに朱が浮かんでいる。仁が照れている。その事実に吃驚して、仁の顔を見詰めていると居心地が悪そうに仁は顔を反らしてきた。
「俺の手を取って無邪気に笑う姿にどうしようもなく惹かれていたんだ」
僅かに見える耳が赤くなっているのに気付き、何だかそう言われる僕まで照れてきてしまった。
何でもっとしっかりそのときのことを覚えていなかったんだろうと悔やまれた。もし覚えていたら仁と同じ記憶を共有できたのに。
「……真はどうなんだ」
「えっ」
仁の切り返しに慌てふためいた。
まさかそこで仁がそう返してくるなんて思わなかったのだ。
「俺のを聞いたんだ。真も聞かせてくれてもいいだろう?」
不味いことになった。
答えが用意出来ているから質が悪い。ああ、なんで仁のどこが好きなんだってさっき考えてしまったんだ。“仁の全部が愛しい”だなんて恥ずかしすぎて言えたもんじゃない。別のことを即席で言えたらよかったんだけど、それを意識しすぎて考えれたもんじゃない。
「う、う、煩いなっ仁なんか好きじゃないよ」
もうそっぽを向くしかなくて、僕は仁に酷い言葉を投げ掛けてしまっていた。しまったと思ったときにはもう遅い。こんなこと言うつもりなんてなかったのに、どうしてこう素直になれないんだろう。
だけど反応が返ってこない仁の方を恐る恐る振り返ると、仁は最近時折見せるようになった優しい笑みを浮かべて僕のことを見詰めていた。
「……っ、全部っ!!」
全部大好きだよっ!
僕の負けだよ。もう、本当に始末に終えない。
fin
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