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短編
二人の関係〜二人が付き合ってから半年後ver〜







「乾杯!!」

幾つもの中ジョッキが宙を仰ぐ。ジョッキには、縁まで泡がぎっしり犇められていて、キンキンに冷えたビールが乾杯の音頭とともに、俺の喉へと流れ込んできた。
今日は俺が所属する部署の社員の一人が、寿退社をするということで仕事の後に、急遽送別会が行われることになった。その社員とは、俺と同期の女性社員で、彼女の寿退社により、同期で独身者は俺一人になってしまった。入社当時からよく知っているから、彼女が結婚するのは確かに喜ばしいが、そんな事情から内心、心穏やかではいられないのは仕方がない。

「はあー……」

仕事終わりの一杯が今日に限って、美味しく感じないのは心に蟠りがあるせいか。祝宴ムードが漂う席の端で、俺は一人暗いオーラを出していた。

「なーに暗い顔してんすか、結城さん」

そんな俺の横にドカッと腰を下ろしたのは後輩の根本という男だった。根本は片手に既に二杯目の新しいジョッキを持って、ご機嫌に俺の肩を叩いてきた。この根本という男、兄貴気質なのかとても気が回り、いつも周囲に目を配らせ、困っている人間や、落ち込んでいる人間に話し掛けてはいい感じにフォローを入れていく。仕事もでき、職場では新人教育方面で度々力を借りていたりする。

「根本か。いや、別に何でもない」

35歳にもなって独身の我が身を嘆いているなど、先輩の沽券にかけて言える筈がない。それだけではなく、先程からチラチラと視線を感じているだけに、あまり根本に関わってほしくなくて、敢えて冷たく突き放す。そう、この男、性格が良いのに加え、容姿も良いのに関わらず、どうやら一人身のようで、部署の女性社員は皆、こういった飲み会で彼の隣を狙っているのだ。俺なんかに構っている暇があったら、早く彼女たちの下にでも行ってやれと、半ば投げ遣りな気持ちで根本を突き放した。

「ああ、確か笹森さんって結城さんと同期でしたよね。笹森さんが寿退社しちゃったら、同期で独身なのって結城さんだけになっちゃうんですね」

俺の思いを裏切って、根本は腰を落ち着かせてしまったようで動く気配がない。しかも的確に俺の傷を抉ってくる。絶対突き放そうとした(女性社員に売ろうとした)腹いせに違いない。

「わざわざ口に出すな、この野郎」

どうせ俺は、彼女もなく未だ結婚しそうにもない中年だよ。先に九つも離れた妹に結婚されるわ、将来は孤独死かとお袋に溜め息を付かれるわ駄目駄目な親父だよっ。

「でも、結城さんだって、まだまだ若いんだからこれからでもイケるでしょう」

若い、だと?もう学生の頃のようなハリもなくなり、朝起きたときに自分の寝ていた枕の臭いに顔をしかめていても!?姪や甥にオジサンって言われても!?……ってこのオジサンは叔父さんか。

「結城さん、恋人とかいないんですか?」

うるせえっ余計なお世話だっつうの。その台詞、そのままお前に返してやる。
まさに根本に問い質そうとした瞬間、スーツの胸ポケットに入れたままにしていた携帯から、着信が入った。
画面には越後屋 司の文字。
俺が勤めている会社の社長の息子で、現役高校生。ひょんな事から出会い、それからの付き合いである。
飲み会だからいいかと、席を立つことなく、その場で電話に応じる。

『遅いっ!!!どこほっつき歩いてんだ!とっくに会社は終わってんだろ!!!』

スピーカーから溢れ出す轟音に、俺は思わず眉を寄せた。声量を考えろ、声量を。隣にいた根本にまで、司の声は聞こえたようで、電話の相手が誰か興味津々のようで身を乗り出してくる。

「結城さん、誰ですか?恋人?」

『テッメエ!今男の声が聞こえたぞ!この野郎っ!何してやがんだ!!?』

根本の声をスピーカーが拾ってしまったのだろう。根本の声に触発されて、司の声も益々ヒートアップしていく。

「何か、すっごく怒ってません?大丈夫ですか?」

大丈夫……じゃないだろうな。
酒が入った頭をフル回転して、今朝の司とのやり取りを思い出す。確か、今日はテスト週間で、学校が早く終わるとか……。もしかして、家に来てるのか?

『許さねえ!今すぐ帰って来い!てか、今どこだ!迎えに行っ―――』

「え、あれっ?良かったんですか?」

突然パタンと携帯を閉じ、胸ポケットに閉まった俺に、根本は心配そうな顔を浮かべる。

「ああ、いいんだ」

今更何を言ったところで、激怒した司が治まるとは思えない。俺は再び着信の鳴る携帯の電源を落とし、鞄の中に放り込んだ。

「そういや、恋人がいるかだったな」

「え?あ、はい」

携帯を鞄に入れてしまったことに、不安を隠しきれないのか根本の視線は鞄へと向けられていた。突然話が戻ったことにあたふたしているようだ。

「手の掛かるペットを飼っていて、今はそれ所でないんでね」

「え、結城さん?帰っちゃうんですか?」

鞄を片手に、その場を立ち上がった俺に根本は驚きの声を挙げる。この頃になると、もう宴会はすっかり盛り上がり、誰か一人帰ったところで別に誰も気にしないだろう。

「寂しがり屋のペットなんだ」

そう言って、席を後にする俺の背中を、一人残された根本はポカンとした顔のまま見送っていた。

夜の街で、俺は一人歩きながら帰路に着いた。これから待ち受けるであろう、大きく、世話のかかるペットのあまりに大き過ぎる怒りにどう収拾を付ければいいか、一人思案しながら。





end




――――――――――――
久し振りのssです。
短編の中でも私が一番気に入っている作品なので、書いていてとても楽しかったです。
司を登場させなく、いかに二人の近況を表すかがネックでした。
司のことなので、恐らく和正の携帯にはGPSが付いていて、居所を調べることが可能にしていたはず。そのため和正は電源を切ったのでしょう(迎えに来られるとヤバいから)
この話では初の別キャラ登場です。
これからもちょいちょい絡めていこうかなと思います。
二人が付き合い始めて半年が経過した頃の話。司の気の迷いが意外にも醒めないと和正が驚きつつも、司の存在を認め始めた頃。
この時点において、和正にとっての司の存在の話。





20110822




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