短編
飼い主様とお犬事情
「オーイわんわん、わんわん」
「だーかーらっ、わんわんって呼ぶなバカ」
購買でパンを買い教室に戻ると、クラスメートの三上が俺の席に我が物顔で勝手に座り、俺を大声で呼びつけてきた。“わんわん”というのは、コイツが勝手に呼び始めクラスに広がってしまった俺のあだ名(俺は断じて認めてない!)で、俺の名前、犬丸 崇(いぬまる たかし)に由来する。犬丸=犬=わんわんという安直な理由で付けられたあだ名は、俺が戌年生まれというのもあって、凄くピッタリと周囲から好評を得てしまっている。女子からはかわいいと笑われ、男子からは超似合うとバカにされている。
「なあなあ、次、数学の予習やったか?」
教室の入り口から自分の席、三上の下へ直行し、空いている前の席に腰を下ろした。俺の声を軽くスルーした三上は、自分の弁当を頬張っている。
「ヤベエッ、超忘れてた」
パンを開けようとした手を止め、俺は真っ青になった。次の4限の授業である数学の担当は、この学校でも1、2を争うと思われるほど厳しくて有名な先生なのだ。宿題を忘れた者には、その三倍の量もの追加課題を課し、授業中に当てて答えられない者には、もれなく放課後補修が待っている。いつもならしっかり予習をしてくるのだが、昨日は偶々親の帰りが遅く、妹や弟の面倒を見ていてやる暇がなかったのだ。ヤバい……かなりヤバい。
「マジかよーわんわんならやってきてると思ったのに」
三上は恨めしそうな目で俺を見つめる。そういう三上も予習をやっていない口だ。というよりコイツはいつも予習をやってきていない。それで俺や他の奴のノートを写している。
最早パンなど食っている暇はない。残り少ない昼休みで、今日の授業範囲を全部予習することはできないだろうけど、やらないよりはマシだろう。俺は持っていたパンを名残惜しくも、鞄の中にしまい、代わりに数学の教科書とノートを机の上に出した。
「あーわんわんの裏切り者!俺もやる!」
そう言うと、三上は食い途中の弁当をしまい、自分の席から数学の道具を一式持ってきて、自分の席でやればいいものの、俺の机に広げ出した。
放課後、誰もいない数学準備室で、あの鬼教師と2人っきりで補修授業なんて絶対ごめんだ。必死に予習を進める中、無情にも時は過ぎ、昼休みの終了の鐘が教室に鳴り響いた。結局4ページほどしか予習は進まなかった。1回の授業で大体8ページ進むから、後はもう当たるかどうか運次第だ。
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