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姫と執事の話
2
 その後一眠りしてから、庭を散歩することにした。

 部屋を出たところで父に出くわす。


「ゆっくり休めたか」

「はい。それであの、庭を散歩してみたいんですが……」

「かまわないだろう」


 案内の者をつけるか、と言われたが、断って外に出た。

 庭には小さな花が所々に咲いており、それらを踏まないように気をつけながら、城の敷地を囲(かこ)むように造られたバラ園に向かう。

 母から、そこのバラはとても綺麗だから、一度で良いから見ておきなさい、と言われていたのだった。

 もし可能なら一輪貰って、押し花にでもして母のプレゼントにしよう、とも思った。

 バラ園に近付き、そばにある木に手をつく。

 赤く色付くバラたちが、風にのせて微かな薫りを届けてくれる。

 ほう、と息をついたとき、


「勝手にさわったりしたら叱られてしまうぞ」


 という幼い声に止められた。

 見上げると、枝に腰掛けた少女が目に入る。

 逆光で顔はよく見えないが、サンジェスよりも年下だろうその少女は、足をぶらぶらとさせていた。


「別に触ろうとはしてねーよ。そんなことより、お前こそそこで何やってんだ?」

「か……、かくれんぼだ!」

「かくれんぼねぇ〜……」


 そんなヒラヒラしたスカートでよく木に登れたな、と考えながら見上げていると、


「ほんとうだぞ! べつに、逃げてるわけではないからな!!」


 と慌てたような声が続き、思わず吹き出してしまった。


「へぇ。お前逃げてきたんだ」

「違うと言っているだろうが! ……とにかく、誰かが探しにきても、私はここにはいないと言え」


 命令するかのような口調で言われ、サンジェスはムッと眉を寄せた。

 そしてくるりと少女に背を向ける。


「さー。どーしよーかなー……」


 頭の後ろで手を組み数歩進んだところで、


「ちょっとそこのあなた」


 今度は別の少女に話しかけられた。

 サンジェスと同じ年の頃だろう少女は、慌てた様子で辺りをキョロキョロとしていた。


「何か」

「この辺りでリーシャ姫さまを見なかった?」

「リーシャ姫様? 見てないけど……」

「そう。ありがと」


 少女はふうと息をつくと、またキョロキョロしながら、駆け足で去っていった。


「変なヤツ……」


 その背を見ながら、思わずそうつぶやいていた。

 ウィンドベル王国第一王女であるリーシャ姫が、こんな所にいるわけないではないか。

 なんてことを思っていると、


「おまえ、いいやつなのだな!」


 やけにキラキラとした声がふってきた。


「はぁ?」


 と、眉間に思い切りシワをきざんで見上げると、少女が身を乗り出すようにしてサンジェスを見ていた。


「何言ってんだお前。俺はただ、リーシャ姫様を見てないか、って訊かれたから、見てない、って答えただけだ」

「だからいいやつなのだ!」

「……まさかお前、自分がリーシャ姫様だ、なんて言うんじゃないだろうな」

「その通りだが?」


 少女が首を傾げたので、サンジェスは更に眉をよせ、


「あのなー……世の中には、言っても良いジョーダンと駄目なジョーダンが……」


 口のなかでブツブツとつぶやいた。


「何を言っているのだ?」


 と訊かれ


「別に」


 少し乱暴に答えると、少女は更に身を乗り出すようにしてきた。


「何やってんだよ!? 危ないだろ!!」


 慌てて声をかけると、


「だが、お前の声がよく聞こえ――――」


 片手を滑らせた少女の身体が、大きく傾く。

 慌てたように手をバタツカせるとバランスが更に崩れた。

 落ち着けと、声をかけようとしたその瞬間


「わっ――」


 少女が乗っていた枝からずり落ちた。

 とっさに両腕を広げてみるが、やはり受け止められるはずもなく、


「――ってぇー」


 少女はサンジェスの腹の上に落ちてきた。

 衝撃で頭も地面にぶつけたようで、どこを痛がっていいのかわからない。

 が、とりあえずは


「おい、大丈夫か?」

「うむ。だいじょうぶだ……」


 サンジェスを押し倒すような格好になっていた少女が、むっくりと起き上がり、そこで始めて目が合った。


「…………」


 言葉が、出てこなくなった。

 日差しのような髪は、まるで透き通っているかのような金色。

 パッチリとした大きな瞳は、快晴の空のような青色。

 現実にいる人間とは思えないような印象を受けた。

 そう、まるで……


(天使の絵)


 家に飾ってある天使の絵。

 初めて歩けるようになった頃、毎日のようにそこに向かっていた、と母が言っていた。

 きっとあなたの初恋はあの天使様ね、と微笑みながら。

 が、直後に頭をブンブンと振った。


(あの天使は、こんな風におてんばじゃない!!)


 眉間にグッとしわを寄せて、思いっきり不機嫌な顔を見せる。


「だったら早くどけろ。重い」

「すまぬ!」


 少女は慌てて降りた。

 わざとゆっくりと立ち上がってから少女に手を差し出し、少し乱暴に手を引っ張った。

 とりあえず、彼女の方にも怪我はなさそうだった。

 服に付いた草を払い落とし、洗うようにワシャワシャと髪に付いた分を落としながら少女を見る。

 こちらの方は、ドレスの細やかな飾りやレースなどに苦労していりようで、髪にまで注意がいっていなかった。

 まあ、サンジェスの上に落ちたおかげか、毛先の方にほんのちょっと引っ掛かっているだけだったが。


「あ」


 すると、頭上の木から、ひらひらと葉っぱが一枚落ちてきて、ふわりと音もなく少女の頭のてっぺんに乗る。

 無意識に手を伸ばしてつまみ取る。

 絹のような柔らかな髪に内心驚きながらも、そよ風に載せるようにそれを放ったとこで、少女がジッと自分を見つめていることに気がついた。


「……なに」


 と訊ねると、大きな瞳をキラキラとさせて


「お前きれいだな!」


 と言ってきた。


「髪も目もきれいな黒で、闇夜の天使さまみたいだ」

「は?」


 きれい、だなど、男に使う誉め言葉ではない。

 だが少女は、もっと見せろとばかりにサンジェスに近付く。

 少女が、ほお、と口を開けた瞬間、


「あー!! 見つけましたよ!」


 と後ろから別の少女の声。

 振り返れば、少し前にサンジェスに声をかけてきた少女だった。


「念のためと思って、もう一度来てみて正解でした」

「アリア……」

「さっ、お部屋に戻りますよ。今日はお客人が来る予定になってるんですから」

「だったら、今日は勉強も休みでいいのではないか?」

「そうしたいところですが、こなさなくてはならない課題も溜まっているので無理です」

「う……」

「そういうわけですから、早く戻って、さっさと終わらせますよ。そしたら……」

「そしたら……?」

「明日はこのアリア、姫の遊び相手になるように、と言われております」

「ほんとうか!?」

「はい。ただし、課題をきちんと終わらせることができれば、ですけどね」

「よし。それなら早く行くぞアリア」


 そんな風に少女二人が去って行くのを、サンジェスはほうけたように見ていた。

 まさしく、息つく暇もなかった。

 すると、つい先ほどまで会話をしていた方の少女が振り返り、ブンブンと手を振った。


「それではまたなー!!」


 サンジェスは、それには気付かないフリをして少女に背を向けた。

 あんな騒がしい者、叶うならもう二度と会いたくなかった。

 だがそこで、迎えにきた少女が発した言葉を思い出した。


 ――姫。


 まさかな、と頭を振る。


(この国の第一王女様が、あんなおてんばなわけないじゃないか)


 と眉をよせながら歩く。


「聞き間違いだ。聞き間違い」


 このほんのわずかな時間に、どっと疲れてしまった。

 部屋に戻って、もう一休みすることにしよう。

 そうして部屋に戻るなりすぐさまベッドに横になり、


「人は見かけによらない……か」


 とつぶやいて目をとじた。





 姫の準備が出来た、と城のメイドに呼ばれたのはそれから数時間後。

 ほんの少し眠ってしまいぼんやりとした頭は、リーシャ姫のお顔を見たその瞬間、覚醒した。

 驚きで見開いた目は、王の左の椅子にちょこんと座るおてんばな天使から離せなくなってしまったのだ……。






《END》

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あきゅろす。
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