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姫と執事の話
2
 十歳になったばかりのアリアは物心がつく前、もしかしたら母のおなかの中にいた頃より、


――お前は将来、王となるお方にお仕えするのだ。


 と言われて育ってきた。

 ウィンドベル王国第一王女であるリーシャ姫は、三つ下の七歳。

 春の日差しのような長い金髪。

 青空色の瞳。

 その声は祝福を与える天使のよう。

 と、父は“その容姿”については手放しに褒めていた。

 そして同時にふうとため息をつく。


 ――あれで、大人しくさえしていてくだされば……。


 と、そう言うのだが、アリアは、周りがほとんど大人しかいないから少しワガママになっているのかも、ととらえた。

 そんな姫の印象を思い出しながら、静かに呼吸を繰り返す。

 一歩一歩近付くたびに、心臓の音が大きく、早くなっていったことを改めて実感した頃、王の間にたどり着いた。

 扉の前に控えている兵士が頭を下げ、おごそかに、重々しい扉をゆっくりと開ける。

 その間、目をぎゅうと閉じて、おちつけ、と何度も心の中でつぶやいた。


「アリア」


 と父に声をかけられ、慌てて目を開ける。

 目の前に映ったのは、父が夕食時によく飲んでいるワインのような、深い紅(あか)の、ふかふかしていそうなじゅうたん。

 それが、大人五人分くらいの幅で一本、奥までのびていた。

 父が深々と一礼してから進んだのでそれに習う。

 じゅうたんが足音を消すため音はなく、綺麗に加工し、敷き詰められた石が周りをぐるっと囲む室内は、どこかヒンヤリとした静寂に包まれていた。

 その中で、最高潮に高まった自分の心臓の音だけが、耳につく。

 父から三歩ほど後ろで立ち止まる。

 目に映るじゅうたんが、大きくなったりぼやけたり、を繰り返していると、前方の少し上の方から声をかけられた。


「アリア。顔を上げてはくれないか」


 言われるまま、ゆっくりと顔を上げると、優しげに微笑む国王の姿があった。

 国王を真ん中に、右には王妃がいた。左にいるリーシャ姫は、彼女にとってはまだ少し大きな椅子に座り、まるで人形のような無表情でいる。


「なるほどたしかに。意志の強そうな目をしているな」

「ありがとうございます」


 国王の言葉に、父は誇らしげに礼を言った。

 そんなやりとりを聞いていると、前方からじいっとした視線を感じた。

 そちらの方に顔を向けると、姫と目が合った。

 あ、と思ったアリアがほんの少しぎこちない笑みをうかべると、慌てたようにイスから飛び降りて王妃のイスの後ろまで逃げてしまった。

 王妃が、あらあら、と立ち上がる。


「ごめんなさいね。アリア」


 と、申し訳なさそうな笑みを向けられ、首を横にふった。


「ほらリーシャ、きちんと顔を出して」


 王妃はしゃがみこんで、イスの後ろにいるであろう姫の手をそっと両手っ包み込んでいた。

 ね、と首をかしげると再び立ち上がり、姫の手を引いて国王のもとへ歩み寄った。

 こちらも立ち上がっていた国王が両腕を広げると、姫はまるで飛び付くかのように抱き付いた。

 国王が、痛いじゃないか、と笑っている。

 そして、困ったような笑顔を、アリアに向けた。


「このとおり、この子は人見知りが激しくてな。大変かもしれないが、よろしく頼む」

「は、はい!」

「ほらリーシャ。お前もあいさつをしなさい」


 と、国王に優しく前に出された姫は、ほんの少し泣きそうに口元を歪(ゆが)ませたまま、なんとか一瞬だけアリアと目を合わせ、


「リーシャだ。……よろしくたのむ。……アリア」


 小さな鈴がなるような声を出した。

 聞き取りにくいような気がしなくもないそれは、国王や王妃に抱き付いた先ほどの行動とあわせて、深い森の中に住む小さな妖精のようで、もっともっと聞いてみたいな、とアリアに思わせた。

 けれど当の姫は王妃のドレスに顔を埋(うず)め、こちらを向いてくれることはなかった。





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あきゅろす。
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